episode14
最近、リアンやクロエと過ごす時間にも、リュシアンがいるのが当たり前になってきていた。
エリクもふら〜っとどこかに行くことはあれど大抵は一緒にいる。
そういえばこうなったのはいつからだったっけと思い返す。
(確か…エリクに色々とお願いをした翌日から、だったかしら?)
エリクには、呪詛関連について調べることと、
学園内で再度、呪詛が使われるようなことがあれば周囲にはわからないように対処をお願いしていた。
(さすがに学園内全てを私が注視するのは、難しいもの…)
だからこそ、信頼できる人間に役目を分ける必要があったのだ。
(その点、エリクは一番適した人材ね)
そうしてエリクに呪詛について調べるようにお願いした翌日、
講義が終わり、何気なく廊下を歩いていると、すぐ後ろにリュシアンの気配があった。
「……リュシアン、今日はずいぶん一緒ね。
あなたも授業の準備とか、大丈夫?」
軽く振り返ってそう尋ねると、彼は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、
それから少しだけ不安そうな表情を浮かべた。
「……だめ、でしたか」
その声音に、思わず小さく笑ってしまう。
「そんなわけないでしょう。むしろ、嬉しいわ」
そう答えた瞬間、彼の表情がほっと緩んだのを覚えている。
(――もう、本当に……今日も私のリュシアンが尊いわ)
そんなことを内心で思いながら、
私は何事もなかったかのように前を向いて歩き出したのだった。
それ以来、特別に約束したわけでもないのに、
気づけば彼は自然と私たちの輪の中にいるようになった。
そして今日もまた、エリクはどこかへ姿を消しているものの、
リアンとクロエ、そして私とリュシアンの四人で、いつものように合流していた。
「今日の課題、結構重かったよね」
「ええ。でもあの先生が容赦ないのはいつものことだわ」
そんな何気ない会話の隣で、リュシアンは静かに歩いている。
ふと、周囲の視線がこちらに集まっているのに気づく。
私だけじゃない。リアンもクロエも、そしてリュシアンも含めて。
「相変わらず目立つよねぇ、私たちって」
「今さらだろ、それに最近はリュシアンも噂の的だしね」
「諦めなさい」
三人が口々に言うのを、リュシアンは少しだけ困ったように見ていた。
そこへ。
「おー、いたいた」
聞き慣れた軽い声。
振り向くより早く、エリクがひらひらと手を振りながら近づいてくる。
「今日は全員集合って感じだな」
「偶然じゃない?
ていうかお兄、ちゃんと真面目に授業受けてんの?」
「おいおい一応ちゃんとやってるぞ!?」
「大丈夫よ、クロエ。一応エリクは真面目にこなしてるわ。報告を受けてるもの」
「セレちゃんが言うなら大丈夫か」
私がそう言うと、エリクはしょげたようにして、
「姫さ〜ん、クロエがいつも俺のことだけ蔑ろにするぅ」
その瞬間だった。
――視線。
はっきりと感じたわけじゃない。
でも、空気が一瞬だけ張りつめたような感覚。
私は反射的にリュシアンの方を見る。
「……?」
けれど、そこにあったのはいつも通りの表情だった。
穏やかで、従順で、まるで忠犬のような微笑み。
「どうかしましたか、セレーヌ様?」
「……いいえ」
そう答えながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
さっきの視線は――エリクの方を向いていた、ような。
そんなエリクはただ面白そうにリュシアンと私を見つめていた。
最近、こういったことがよくある気がする。
なんだと思うとエリクに聞いても「俺知らね〜」といってはぐらかされるし、
リュシアンは私に隠そうとしている様子で聞きにくい。
(……二人は相性が悪いのかしら)
(それならエリクに呪詛以外に頼んでいた、もう一つのお願いを取り下げたほうがいいのかも…)
そんなことを考えていると、
「姫さん、そういえばさ」
エリクが自然に私の隣へ来て、歩調を合わせる。
「今日の1年と2年合同の魔法理論の授業、後半どう思った?」
「ああ、あれ? 展開が少し雑だったわね」
「だよな。あれなら一緒に復習した方が早そうだ」
「そうね。じゃあ――」
私は歩きながら言った。
「一緒に行きましょうか」
「決まり」
エリクは軽く頷き、前を向く。
私はふと立ち止まり、振り返った。
「リュシアンは、この後騎士科の授業だったわよね?」
「…は、はい」
「じゃあリュシアン、後でね」
その瞬間。
きゅ、と。
突然、腕を引かれた。
「……っ」
思わず息を詰めて振り向く。
「リュシアン?」
彼は私の腕を掴んだまま、固まっていた。
自分が何をしているのか、分かっていないような顔。
「……あ」
低く、戸惑った声。
「す、すみません。今……」
掴んでいることに気づいたのか、視線が私の腕に落ちる。
それでも、力は緩まらない。
「どうしたの?」
私は静かに問いかける。
そのとき、彼の目を見た。
サファイアのような蒼い瞳。
その奥に――ほんのりと、暗い魔力が揺らいだ、ように見えた。
(……あれ?)
錯覚かもしれない。
けれど、胸がざわつく。
「離そうと、思ったんです」
リュシアンの声は、どこか混乱していた。
「でも……」
言葉が続かない。
視線が彷徨い、眉がわずかに歪む。
「……できませんでした」
私の腕を掴んだまま、彼は困ったように息を吐いた。
「自分でも、理由が分からなくて……」
その様子があまりに不器用で、必死で、
――私は、なぜか胸が締めつけられた。
私はそっと、彼の腕に自分の手を重ねた。
「大丈夫よ」
リュシアンがはっと顔を上げる。
私は微笑んで言った。
「ねぇリュシアン。今夜、デートしましょうか」
「……え?」
完全に思考が止まった顔。
目を見開いて、口を開けたまま固まるリュシアン。
「夜の学園デートね!決まりよ!」
その横で。
「……ぶっ、あっははっ」
耐えきれなかったように、エリクが声を上げて笑った。
「いやー、姫さんその流れは予想外」
「エリク」
「はいはい、邪魔はしませんって」
彼は一歩下がり、肩をすくめる。
「じゃあ俺は先行くわ。
じゃあな、リュシアン」
リュシアンはまだ呆然としたまま、私を見ている。
私は彼に向けて、もう一度微笑んだ。
「また後でね」
その笑顔を受け止めるように、リュシアンの手が、ようやくゆっくりと離れた。
けれど。
彼の視線は、しばらく私から離れなかった。
******
騎士科の訓練場は、夕刻を前にしてもまだ熱気が残っていた。
剣が打ち合う音、掛け声、土を蹴る足音。
その中に足を踏み入れた瞬間、周囲の視線が一斉にこちらへ向くのを感じる。
――なぜ、セレーヌ公女がここに?
そんな戸惑いと好奇の混じった気配。
けれど私は気にせず、まっすぐ奥へ進んだ。
「……リュシアン」
名を呼ぶと、訓練場の一角がざわりと揺れる。
「え?」
「今、あいついたか?」
「いや、気づかなかったぞ」
周囲がざわつく中、いつの間にか、彼はそこに立っていた。
まるで最初から存在していたかのように。
私たちと行動していない時、たまに、まだ無意識に認識齟齬の魔法を張っているようだ。
リュシアンは、訓練を終えたばかりらしく、騎士科の制服を羽織るところだった。
私の姿を認めた瞬間、表情がぱっと明るくなる。
「セレーヌ様!」
嬉しそうに駆け寄ってくるその姿に、周囲の騎士科生徒たちが目を見張る。
「ごめんなさい。来るの、早かったかしら?」
そう声をかけると、リュシアンは一瞬目を見開いてから、少しだけしょんぼりと眉を下げた。
「いえ……そんなことはありません。
本来なら、僕の方からお迎えに行くべきでしたのに……申し訳ありません」
「私の方が早く終わっただけよ」
私はそう言って、彼の手を取った。
驚いたように一瞬固まったあと、指先がきゅっと絡んでくる。
そのまま、並んで歩き出す。
「……どちらへ向かわれるのですか?」
問いかける声は、いつもより少しだけ緊張を含んでいる。
「そうね」
私は微笑んで、前方を指さした。
「あそこなんて、どうかしら」
視線の先には、学園の端にある温室。
――リュシアンと、初めて出会った場所。
(人気はないし……まあ、人払いしてあるんだけど)
心の中で小さく付け足す。
リュシアンは何も言わず、温室の扉を開いてくれた。
中に足を踏み入れると、ふわりと花の香りが広がる。
色とりどりの花々が咲き誇り、柔らかな光が満ちていた。
しばらく、二人とも何も言わずに歩く。
「……初めて出会ったのも、ここだったわね」
私がそう言うと、リュシアンは静かに頷いた。
「はい。覚えています」
「あれから、もう数ヶ月ね。
ずいぶん一緒に過ごす時間も増えたわ」
彼は答えない。
「これからも、たくさん思い出を作りましょう?」
それでも、沈黙。
私は足を止め、振り返った。
「……リュシアン」
彼も足を止める。
蒼い瞳が、私を映す。
「何か、言いたいこと、ない?」
優しく、静かに問いかける。
その瞬間、彼の瞳がわずかに揺れた。
沈黙が落ちる。
温室の中で、花の葉が擦れる音だけが響く。
数分。
私は何も言わず、ただ待った。
やがて――
「……僕を捨てないでください」
私は何も言わず、続きを促すように見つめる。
一度、決壊した感情は、堰を切ったように溢れ出した。
「僕には……セレーヌ様しかいないんです」
声は平坦で、感情が削ぎ落とされたようだった。
「近くにいてほしい。
僕を頼ってほしい。
僕だけを見ていてほしい」
淡々と、言葉が並ぶ。
「本当は、僕なんかが一緒にいちゃいけないくらい、
セレーヌ様は尊い人です」
「だから、いつも不安で……苦しくて……」
「エミリアン殿下や、クロエ嬢。
それに、エリク令息」
一つひとつ、名前を挙げる。
「皆、あなたと過ごした時間が長くて、
信頼されていて……」
「僕なんて、足元にも及ばない」
「……羨ましいんです」
「あなたに頼られるエリク令息が、
羨ましくて、仕方がない」
呼吸も整えず、感情を並べる。
「こんなこと、思っちゃいけないのに。
分かっているのに」
「それでも、頭がごちゃごちゃして……
抑えられなくて、苦しい」
「今まで、何も考えず、諦めて、
人形みたいに生きてきたのに」
「……こんなの、初めてで」
「おかしくなりそうなんです」
「……だから」
「僕を、こんなふうにした責任を取ってください」
言い切ると、彼は俯いた。
そのまま、沈黙。
私は一歩近づき、両手で彼の頬を包んで、顔を上げさせた。
「……嬉しいわ」
その言葉に、リュシアンが目を見開く。
「……なぜ、嬉しい、のですか」
「だって」
私は、今までで一番嬉しそうに微笑んだ。
「それだけ、私のことを考えて、想ってくれたってことでしょう?」
「そんなの、とっても嬉しいじゃない」
驚きで見開かれた瞳が私を見つめる。
「……こんな、面倒で……重くて……
危険な感情を持つ僕を」
「……嬉しい、と?」
「もちろん」
私は迷いなく頷く。
「もっと、私でいっぱいになってくれていいのよ、リュシアン」
「どんな貴方も私の心を掴んで離さないわ」
妖艶に微笑むと、彼は小さく息を呑んだ。
「……やっぱり」
掠れた声で言う。
「あなたは、残酷な人だ」
けれど次の瞬間、
今までで一番、幸せそうな笑顔を浮かべた。
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