蒼の中身
ワーカーのエンジンが低く唸る。
フォックスの機体が、ゆっくりと前へ出る。
踏みしめるたび、地面が沈む。
夜の空気が、わずかに震える。
蒼機。
青い軽量機。
先ほどまで戦場を支配していた機体。
今は膝をつき、完全に沈黙している。
フォックス機が、その横に立つ。
動かない。
ただ、そこにある。
それだけで、この場の主導権は決まっていた。
クイーンは見ている。
コックピット。
その奥。
“人”を。
そして――
この後に起きることを、すでに知っている。
「フォックス……このハッチ開けて」
短い指示。
『ああ』
フォックスが応じる。
ワーカーのアームが伸びる。
ハッチを掴む。
力をかける。
金属が歪む。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
バン!
ハッチが弾き飛ぶ。
内部が露出する。
そこにいたのは。
少年だった。
碧い目。
金髪。
まだ完成していない顔。
だが。
その目だけが、張り詰めている。
極限まで。
呼吸が荒い。
理解している。
負けた。
逃げられない。
敵に囲まれている。
だから。
判断が速い。
手が動く。
腰。
拳銃。
フォックスが叫ぶ。
「銃!」
その瞬間。
フォックスの中で、時間が止まる。
同じ距離。
同じ高さ。
同じ角度。
同じ目。
――あの時だ。
雪原。
動かない機体。
震える手。
拳銃。
引き金。
そして――フォックスが叫ぶ。
「死ぬな!! 生きろ!!」
フォックス機のハッチが開く。
クイーンが飛び出す。
少年の目と、クイーンの目が合う。
一瞬。
ほんのわずかな時間。
少年の口が、かすかに動く。
「……おか……さん」
声になりきらない、空気の震え。
だが。
クイーンは止まらない。
もう動いている。
判断ではない。
選択でもない。
“いつもと同じことをする”だけ。
クイーンは両手を迎える様にひろげ、一直線に蒼機のコックピットへ飛び込もうとする。
刹那、発砲。
乾いた音。
空気が裂ける。
弾道は一直線。
この至近距離では避けられない。
弾がクイーンの肩を掠める。
血が滲む。
それでも、クイーンの速度は落ちない。
そしてそのまま、コックピットへ飛び込む。
一気に少年の上へ覆い被さる。
少年は引き金を引く。
カチ。
もう一度。
カチ、カチ。
音だけが残る。
弾は出ない。
それでも指は止まらない。
止め方を知らないように。
壊れた機械のように。
「離せ!」
少年が暴れる。
腕を振る。
肩で押す。
脚を蹴り出す。
だが、どれも空を切る。
「離せ!」
恐怖。
混乱。
理解不能。
クイーンは動かない。
肩から血が流れている。
それでも。
声をかけ続ける。
逃げ場のない距離で。
「大丈夫」
その声には温度がある。
戦場には、本来存在しないもの。
少年は暴れる。
クイーンは抱き締める。
押さえつけない。
包む。
「大丈夫だから……安心して」
やがて、その言葉が届く。
少年の動きが止まる。
呼吸が崩れる。
目が揺れる。
敵なのに。
撃ったのに。
守られている、包まれている。
その矛盾が、心を壊す。
力が抜ける。
意識が落ちる。
少年はそのまま崩れた。
戦闘を終えた少年兵が、静かに呼吸する音だけが残った。
フォックスがクイーンに駆け寄る。
息が荒い。
「……相変わらず無茶するな」
クイーンは短く返す。
「無茶じゃないわ」
一瞬だけ、視線を上げ、ウインクする。
「計算よ」
フォックスは肩を見る。
血。
浅い。
すぐに処置に入る。
止血。
包帯。
無駄がない。
巻く。
締める。
固定。
手が止まる。
視線が、少年へ向く。
金髪。
碧眼。
まだ華奢で細い体。
フォックスが小さく呟く。
「……天使みたいな顔してやがる」
そして、頭を拳でコツンと突いて。
「なのに、引き金は引けるのか」
言葉が落ちる。
クイーンが言う。
「引かされてるのよ」
静かに。
断定するでもなく。
ただ事実として。
遠くで戦闘音。
だがここだけ違う。
フォックスは、少年を見る。
そして。
かつての自分を見る。
小さく息を吐く。
「……俺も」
少しだけ笑う。
「同じ顔してたんだろうな」
クイーンは一瞬だけ間を置いて。
「あら、あなたは生まれた時からそのまんまよ」
フォックスは苦笑する。
だが何も言わない。
二人はただ、少年を見ている。
静かに。
夜の中で。
蒼い機体の中にいたのは。
ただの敵ではない。
ただのエースでもない。
――かつての誰かだった。




