蒼い獲物
蒼い機体が屋根の上を滑る。
速い。
だが――思うようには動けていない。
動こうとするたび、空中で爆発が起きる。
フォックスの105ミリ。
時限信管。
進路を読むように、蒼機の前方で炸裂する。
ドン。
蒼機が横へスライドする。
屋根の縁を滑り、建物の影へ潜り込む。
次の瞬間、また爆発。
跳べば爆発。
止まれば照準。
蒼機は跳躍だけではなく、屋根の上を平行移動しながら位置をずらしている。
だが……
ドン!
横へ動いた先で爆発。
蒼機がわずかに後退する。
さらに一歩。
だが、その退路にも爆発が起きる。
いつの間にか。
蒼機の移動範囲は、じわじわと削られていた。
まるで、見えない壁に押し込まれるように。
その様子を見ながら、クイーンは小さく笑った。
『あらあら』
余裕の声。
『良く相手の気持ちがわかること』
フォックスが照準を動かしながら答える。
「そんな事ないさ」
スコープを微調整する。
「やつは、“そこしかない”って場所に移動してるだけだ」
砲身がわずかに動く。
「逃げ場は三つしかない」
フォックスはトリガーを引く。
「今、一つ潰した」
ドン。
再び爆発。
蒼機が横へ滑る。
屋根を蹴り、平行移動。
その先。
ドン。
また爆発。
フォックスが鼻で笑う。
「WF乗りってのは、皆んな思考が似てるんだろうな」
クイーンは蒼い機体を見つめたまま言う。
『あの機体でしょう?』
目を細める。
『あたしなら、別の所にするけどね』
フォックスが肩をすくめる。
「はぁ?こりゃぁ……敵のエースに同情するぜ」
蒼機が屋根を蹴る。
前へは出ない。
横へ滑る。
その先。
ドン。
また爆発。
フォックスが続ける。
「なんなら本物のクイーン機と対峙してりゃ、国の英雄にもなれたろうにな」
照準を合わせ直す。
「まぁ、俺の機体だもんな」
クイーンがくすっと笑う。
『あらあら、だって、私達二人がかりでしょう?』
蒼機が再び動く。
その進路をクイーン機が捉える。
『騎士道を重んじるフォックスは、どう思う?』
フォックスは一瞬沈黙した。
「騎士道?」
鼻で笑う。
「そんなもん――」
スコープの倍率を上げる。
「飯の味付けにも使えねぇ」
砲撃。
「知るか!」
その瞬間。
クイーン機の20ミリ機関砲が唸る。
タタタタタッ。
弾丸が蒼機の進路をなぞる。
蒼機が屋根を蹴る。
だが。
“キィン――!”
甲高い金属音。
蒼い装甲に火花。
浅い。
だが確かに当たった。
蒼機がわずかに姿勢を崩す。
フォックスが苦笑する。
「蒼機にダメージはないだろう」
照準を合わせる。
「が……」
ドン!
105ミリが蒼機の前方で爆発。
蒼機が足を止める。
フォックスが呟く。
「ありゃたまらないな」
少し楽しそうに続ける。
「かなり、精神とプライドは削られるだろう」
クイーンが小さく笑う。
『でしょうね』
蒼機を見つめる。
『だって』
ゆっくり照準を合わせる。
『二人がかりでしょう?』
***
丘の向こう。
サヤのワーカーが帰投していた。
汎用作業用ベースの機体。
装甲も薄く、速度も遅い。
だが。
今のサヤには、それで十分だった。
遠く。
爆発。
ドン。
サヤが視線を上げる。
「……始まってる」
その時。
警告音。
モニターに小さな光点。
ドローン。
三機。
サヤが小さくため息をつく。
「まだ残ってたの」
ワーカーの20ミリ機関砲を軽く構える。
照準。
トリガー。
タタタタッ。
一機が火球になる。
残り二機。
ドローンが旋回し、突っ込んでくる。
サヤは機体を横に滑らせる。
ワーカーは軽い。
汎用作業機でも、意外とよく動く。
「はいはい」
トリガー。
タタタッ。
二機目撃墜。
最後の一機が接近。
サヤは少し後退する。
距離が詰まった瞬間。
タタタタッ。
三機目も空中で砕けた。
「……よし」
サヤは息を吐く。
そして。
遠くの空域を見た。
蒼い機体。
速い。
だが。
その動きが。
止められている。
爆発。
横へ動く蒼機。
その先。
また爆発。
サヤが呟く。
「逃げ道……全部……」
フォックスが潰している。
そして。
その動きを。
クイーンが読んでいる。
蒼機が横へ滑る。
その進路。
クイーン機の20ミリ。
弾丸。
火花。
「当てた……」
サヤが息を呑む。
借り物のフォックス機。
さっきまで自分が乗っていた機体。
なのに。
動きが。
まるで違う。
滑る。
踏み込む。
止まる。
撃つ。
サヤは呆然と呟く。
「……別の機体みたい」
***
基地。
整備区画。
整備兵達が空を見上げていた。
「当たったぞ!」
「追い詰めてる!」
「すげぇ!」
だが。
誰も手が動いていない。
整備が止まっている。
その時。
ミナミが声を張り上げた。
「はい!見物は後!」
全員が振り向く。
ミナミが腕を組む。
「また機体は戻ってきます!」
指をさす。
「戻ってきた瞬間に整備出来る状態にしておきなさい!」
整備兵が慌てて動き出す。
「油圧確認!」
「弾薬準備!」
「工具!」
ミナミは小さく息を吐く。
そして。
空を見上げる。
***
蒼い機体が屋根の上で止まる。
一瞬。
静寂。
蒼機がゆっくり姿勢を低くする。
次の瞬間。
蒼機が跳ぶ。
今までとは違う速度。
クイーンの口角が上がる。
『あら、やっと本気?』
フォックスが呟く。
「来るぞ」
蒼い機体が一直線に突っ込んでくる。
クイーンは操縦桿を握る。
『いいわ』
声が静かに変わる。
『それじゃ――』
蒼機を見据える。
『遊びはここまでにしましょう』
戦場の空気が、変わった。




