蒼い刃
戦闘はいつも通り、突然始まる。
結局、夜空の静けさは長く続かなかった。
フォックスの管制射撃が効果を発揮し、敵のドローン群は崩れていた。
指揮機を失った群れは統制を失い、ただの散開目標になる。
夜空に火球がいくつも咲く。
借り物とは言え、サヤの105ミリ。
クイーンの20ミリ。
そしてフォックスの管制が効いた105ミリ対空砲火と20ミリ。
三つの動きが重なり、この空域はまだ守られていた。
だが――
フォックスはレーダーを見つめたまま、表情を変えない。
「やっぱり……来るよな」
通信席の兵士が振り向く。
「何がです?」
フォックスはモニターの端を指した。
小さな点。
だが速度が違う。
ドローンの比ではない。
「高速機?」
兵士が呟く。
フォックスは首を振った。
「違う」
短く言う。
「省エネか……賢いな。運んでやがる」
「……え?」
その瞬間。
夜空の奥から低いエンジン音が響いた。
一機の航空機。
高度は高い。
だが問題はそこではない。
サヤのWFカメラがズームする。
高高度を進む敵航空機の腹。
そこから伸びているのは――ワイヤー。
そして。
吊るされている、一機のWF。
一目でわかる軽量機体と細いフレーム。
空に紛れるのを優先しているのか、それとも自信の現れか。
真っ青な塗装。
通信席の兵士が呟く。
「……空挺?」
フォックスが小さく息を吐く。
「違う。そんな生優しいものじゃ無いな」
いつもの癖で顎を触りながら答える。
「あれは――敵のエースだ」
航空機が防衛ライン上空を通過する。
その瞬間、ワイヤーが切り離された。
蒼いWFが落下する。
自由落下。
地面へ向かう。
だが接地直前。
轟音と爆風。
紛れもなくロケットブースター点火。
ドン!
落下速度から爆発的な減速。
それにつられて砂煙が舞う。
そしてサスペンションが沈むことなく、着地。
蒼機はゆっくり膝をついて見せた。
次の瞬間。
走る。
速い。
異様なほど速い。
予定されていたかのように建物の影へ滑り込む。
その影からジャンプ。
ロケットブースターを少し吹かす。
屋根の上へ、すっと着地。
サヤの声が通信に響く。
「敵WF確認!」
蒼機は止まらない。
跳ぶ。
滑る。
走る。
その動きは軽やかすぎた。
サヤがトリガーを引く。
105ミリ。
発射。
建物は爆発。
だが蒼機はもうそこにいない。
横へ滑る。
次の建物の影へ。
サヤ機が旋回する。
照準。
再び撃つ。
外れる。
蒼機が回り込む。
同時に発射されたミサイル二発の煙が踊る。
コックピットに響く警告音が心拍を早める。
サヤ機が急旋回する。
20ミリ機関砲。
数発。
一発は破壊。
もう一発は、ギリギリで回避成功。
ミサイルは目標を失い、丘陵へ向かって飛び去った。
遅れて爆音。
サヤのヘッドセットにフォックスの通信音声が入る。
「落ち着け」
短い声。
「焦るな」
サヤは歯を食いしばる。
「はい!」
だが。
分かっていた。
速さが違う。
操縦技術が違う。
そして――経験が違う。
蒼機はほとんど撃たない。
ただ滑る。
サヤの周囲を。
――様子を伺っている。
まるで獲物を観察する猛禽のように。
サヤは理解した。
この機体は逃げない。
狩っている。
***
クイーンはワーカーのコックピットで蒼機を見ていた。
噂には聞いていた、蒼い機体。
軽い。
細い。
そして速い。
戦闘機動。
操縦技術。
どれも高水準。
「……この動きは、エースね」
クイーンは静かに呟く。
蒼機が再び跳ぶ。
屋根から屋根へ。
ロケットブースターの制御技術が光る。
余計なショックもなく、こなす着地。
そして滑走。
サヤの側面へ回る。
撃たない。
まだ測っている。
戦場ではよくある行動。
相手の力量を見る。
クイーンは理解した。
サヤは善戦している。
だが。
勝てない。
それは技量ではない。
経験の差だ。
クイーンは通信を開く。
『ねぇ、フォックス、聞こえてる?』
クイーンの声は落ち着いている。
『敵機で異常に動きが良いやつが到着している』
一瞬の沈黙。
『好きに動き回らせたら――あたし達の明日は無いわ』
フォックスは鼻で笑う。
「その意見に賛成だ」
『わかるわよね?フォックス』
「ああ」
短い返事。
そして言う。
「厄介なのが来たが……」
フォックスは銃座のスコープの倍率を変えながら、取っ手を握り締める。
「なあに、一人じゃ無いってのは心強いものだな」
クイーンは小さく笑う。
『そうね、違いないわ』
そして通信を切り替える。
『サヤ』
「はい」
サヤの声は落ち着いている。
だが緊張はある。
クイーンは静かな声で諭すように言う。
『あなたには荷が重い相手が来たわ』
蒼い機体から目を離さず言い放つ。
「わかるわよね?」
サヤは迷わない。
「はい……わかります」
悔しさはある。
だが理解もある。
クイーンは頷く。
「いい判断」
通信を切り替える。
『これよりフォックス機のパイロットを交代する』
クイーンは地形データを一瞥する。
『サヤ、座標S545へ。丘の下で待機』
「了解」
サヤのWFが走り出す。
蒼機が追う。
その瞬間。
「あらあら、観察日記は書き終わったのか?」
フォックスの砲撃。
105ミリ時限信管。
蒼機の前方で爆発。
蒼機が横に跳ぶ。
「応援射撃、感謝。サヤ、一時離脱します」
サヤが方向を変えて疾走する。
そして約十五秒後。
そこは丘の影。
目的地である座標S545。
サヤのWFが停止する。
極度の緊張のせいか、サヤの呼吸が荒い。
だが。
迷いはない。
通信が入る。
「サヤ機よりクイーンへ。ハッチ解除。機体、開けます」
『ありがとう』
クイーンのワーカーが到着する。
慣れた動きでクイーンが降りる。
クイーンは一瞬、手を上げ、サヤへ手のひらを見せる。
サヤも同じ様に手のひらを見せると。
『選手交代!』
楽しそうなクイーンの声に、サヤは不思議な安堵感を覚えた。
『後は引き受けた。あっちの機体で基地まで戻って』
そのまま、借り物のフォックス機へクイーンは走る。
『交戦したらダメよー!』
そのままクイーンはコックピットに滑り込み、慣れた手つきでハッチ閉鎖。
機体起動。
重い振動。
関節が動く。
クイーンは操縦桿を握る。
ペダルを踏み込む。
一瞬。
機体が沈む。
そして呟く。
「重い機体ね」
操縦桿を動かす。
関節が動く。
クイーン機より明らかに反応は鈍い。
クイーンは笑う。
『とんだ亀さんだわ』
通信が入る。
フォックスの呆れた声。
「うるせー」
そして叫ぶ。
「さっさとやれ!」
クイーンは笑う。
『任せなさい!』
パイロットがクイーンになり、息を吹き返すWF。
蒼機がクイーンの周囲を旋回する。
屋根の上。
影の中。
位置を定めず、動き続ける。
だが。
次に現れる相手は――
さっきまでとは違う。
クイーンが駆るフォックス機が走る。
重い足音。
微妙なロケット噴射。
だがその動きには、明確な殺気があった。
クイーンの声が静かに漏れる。
『いつまで子猫ちゃんと思ってくれるかしら?心配だわー』
フォックスが口を挟む。
「もうバレてるさ。動きが違い過ぎるぜ」
クイーンは口角を上げる。
『あら、そうかしら……』
レバーや計器の位置を確かめるように目を走らせた後。
蒼い機体に照準を合わせる。
クイーンが静かに言う。
『さて、どうして欲しいのかしら?』
クイーンの眼光が狩る側のそれに変わる。
『遊びは終わりよ』




