借り物
フォックス機の換装は終わっていた。
第二種戦闘装備。
両肩には対空センサー補助ポッド。
背部には増設レーダー。
105ミリ主砲は対空信管対応。
そして――
機体は再塗装されていた。
国防色を基調にした対空迷彩。
夜空に溶ける色。
整備班が総出で仕上げた塗装だった。
整備灯の白い光が、装甲の面を滑っていく。
外装は確かに綺麗だった。
だが新品ではない。
装甲の端には古い擦過傷が残っている。
溶接跡。
補修跡。
戦場を生き残ってきた機体の痕跡。
それらは消されていない。
むしろ――
残されている。
整備班が、あえて残したのだ。
この機体が歩いてきた戦場の時間を。
フォックスは腕を組んだまま、その機体を見上げていた。
静かな整備区画。
遠くで工具の音がする。
だが、この場所だけ時間が止まっているようだった。
WFを使わない手はない。
空戦が来る。
高度戦だ。
対空装備をここまで整えたのは、そのためだった。
普通に考えれば――
この機体に乗るのはクイーンだ。
パフォーマンスとしては、それが一番いい。
クイーンがWFに乗る。
それだけで、基地の士気は跳ね上がる。
敵への圧力にもなる。
戦術的にも、心理的にも。
だが――
フォックスは視線を横へ向けた。
基地の端。
作業用ワーカーが一機、静かに立っている。
そのコックピットにはクイーンがいた。
軽くスロットルを動かす。
ワーカーがわずかに揺れる。
反応は鋭い。
そして速い。
フォックスは小さく息を吐く。
「……あれは外せねぇな」
ワーカーの機動。
ドローンに対する圧力。
低空の制御。
あの動きは、すでに戦場の一部になっている。
クイーンがあれをやめる理由はない。
むしろ。
あれがあるから、この基地の空は保たれている。
フォックスはそれを理解していた。
となると――
WFに乗るのは誰だ。
整備班の視線が自然とフォックスに集まる。
当然だ。
普通に考えれば、フォックスが乗る。
だが。
フォックスは機体を見上げたまま、小さく鼻を鳴らした。
「……信用できるかって言われるとな」
慣れない機体に乗る。
それ自体は問題じゃない。
戦場では珍しいことでもない。
だが今回は違う。
生まれ変わった機体。
整備されすぎた機体。
それが、どうにも落ち着かない。
フォックスは装甲の端を見る。
新しい塗装。
新しいセンサー。
新しい装備。
どれも整備班が死ぬ気で仕上げたものだ。
だからこそ。
信用できない。
戦場で信用するのは――
癖だ。
機体の癖。
金属の癖。
反応の癖。
それを身体が覚えているから、生き残れる。
だがこの機体は――
整備されすぎている。
感覚が違う。
ほんのわずかなズレ。
だがそのズレが生む隙は――
命取りになる。
フォックスは顎を軽くさする。
そして、横を見る。
サヤが機体を見上げていた。
白い照明の下で、静かに。
その視線には、迷いがある。
当然だ。
借り物の機体。
しかもフォックス機。
この基地で一番生き残ってきた機体だ。
サヤは、まだその重さを完全には理解していない。
だが――
理解し始めている。
フォックスは言った。
「サヤ」
「はい」
「こいつに乗ってみてくれ」
サヤは一瞬戸惑う。
「……私が?」
フォックスは肩をすくめる。
「どうもな」
顎をかきながら言う。
「俺はドローンってのが、いまいちよく分かってねぇ」
基地中央の対空車両を見る。
「ちょっと、あの対空車両で軽く様子みてみるよ」
サヤは黙った。
胸の奥が少しだけ重くなる。
フォックス機。
借り物。
だがそれは――
信頼でもある。
サヤはゆっくり頷いた。
「わかりました」
その声は静かだった。
だが、迷いはなかった。
⸻
第二ブロック(約2000字)
サヤは再び機体を見上げる。
フォックス機。
戦場を生き残ってきた機体。
その装甲の下に、どれだけの戦闘があるのか。
サヤは知らない。
だが。
この機体の静けさは、どこか人間に似ていた。
何も語らない。
だが、すべて知っている。
そんな空気。
サヤは小さく息を吐く。
借り物。
その言葉が胸に落ちる。
自分の機体ではない。
フォックスの機体。
整備班の願い。
基地の希望。
すべて背負う。
ほんの一瞬だけ、怖さが胸をよぎる。
だが――
フォックスの背中を見る。
迷いはない。
あの人はいつもそうだ。
だからサヤは思う。
この機体を借りる。
なら。
ちゃんと返す。
壊さず。
そして――
帰ってくる。
それがこの機体の仕事だからだ。
サヤはコックピットに乗り込む。
ハッチが閉じる。
内部の静けさ。
モニターが点灯する。
計器が起動する。
低い振動。
原動機の回転。
フォックス機が目を覚ます。
サヤの手が操縦桿に触れる。
ほんのわずかな緊張。
だがその感覚は――
悪くない。
むしろ。
しっくりくる。
機体が静かに立ち上がる。
関節が動く。
重量が地面に伝わる。
フォックスはその様子を見て、小さく笑った。
「よし、良い動きだ」
再塗装された迷彩のWF。
フォックスの機体。
そして今は、サヤの機体。
借り物。
だが。
戦場では、それで十分だ。
原動力始動の音が一段上がる。
機体がゆっくり歩き出す。
フォックスはその姿を見送る。
「無理するなよ」
小さく呟く。
その言葉はサヤには届かない。
だがフォックスはそれでいいと思っていた。
戦場では、余計な言葉は邪魔になる。
だから短く言う。
そして信じる。
それだけだ。




