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後ろの戦場

警報が鳴っていた。


 短く鋭い電子音が、前線基地の空気を何度も切り裂く。


 だが――

 整備区画の人間は、誰も空を見ない。


 見ても意味がないからだ。


「フォックス機、第二種装備まだ固定途中!」


「締結ボルト、あと六本!」


「油圧ライン、仮接続で行く!」


 怒号ではない。

 短い言葉。

 必要な情報だけが飛ぶ。


 ハンガーの床には工具が散らばり、弾薬箱が開いたままになっている。


 レンチ。

 延長ケーブル。

 外された装甲板。


 すべてが作業途中の姿で止まっていた。

 戦闘が始まった瞬間、整備員たちは散開した。


 だが完全に止まったわけではない。


「通路確保!」


 ミナミが叫ぶ。


「車両が通る!」


 整備員たちが一斉に動く。


 工具を蹴飛ばすように寄せ、ケーブルを引きずり、部品箱を壁際へ押し込む。


 ガラガラと金属が鳴る。


 その瞬間。

 遠くで乾いた連射音が響いた。


 タタタタタタ。

 20ミリ。


 整備員の一人が言う。


「クイーンのワーカーだ」


 ミナミは頷く。


「撃ちすぎてない」


 そして工具を回す。

 ガチン。

 ボルト固定。


「次!」


 遠くで、別の音が響いた。

 ズン。

 腹の奥まで響く低い衝撃。


 基地中央の高射砲。

 105ミリ。


 若い整備員が顔を上げる。


「……当たった?」


 ベテラン整備員が答える。


「まだ距離調整だ」


 再び。

 ズン。

 低い衝撃音。


 ミナミは笑った。


「いい音だ」


 そして言う。


「さ、こっちはこっち」


「仕事続けるよ」


***


 フォックス機。

 整備用リフトに固定されたWFは静止している。


 本来の国防色はまだ塗られていない。

 装甲の大半は塗装前の白い下地だった。

 その上から描かれているのは、円形や十字のマーキング。


 ターゲットマーカー。

 闘技場時代のデータ収集用の印。


 若い整備員が言う。


「これ……」


「整備用ですか?」


 ミナミは首を振る。


「違うよ」


 装甲を軽く叩く。


「闘技場の名残り」


ミナミ班ターゲットマーカーを撫でながら。


「被弾位置」

「衝撃の逃げ方」

「装甲の癖」

「読むための印」


 整備員が驚く。


「そこまでやるんですか」


「やるよ」


 ミナミは肩をすくめる。


「生き残るためなら何でもやる」


 整備員が言う。


「でもAI補正ありますよね?」


 ミナミは笑う。


「フォックス機にAI補正?」


 口に手を当てて笑いを堪える。


「ほぼ無駄な装備だね」


「え?」


「余計な指示を出してみろ、どうなると思う?」


 整備員が言う。


「怒鳴られる……?」


「いいや、散々嫌味を言われる……死ぬほどな」


 整備区画に笑いが広がる。


「そ、それは嫌ですね」


「だろ?」


 ミナミは言う。


「フォックスは一世代前の人間だから、マニュアルで全部やっちゃうの」


 整備員が言う。


「すごいですね」


 ミナミは少し考える。


「でも」


 白い機体を見上げる。


「サヤさんは違う」


 整備員が聞く。


「え?」


「少なからず」


「フォックスが教えてる……影響は受けてるだろうけど」


 その時。

 腹に響く発射音、“ズン”。

 高射砲が吠えた。


 整備員たちは空を見ない。

 だが誰かが言った。


「……当たったな」


 ミナミはタブレットを閉じる。


「よし」


「装備はなんとかなった」


 整備員が息を吐く。


「あと何が残ってるんです?」


「ファームウェア」


「対空装備用に書き換える」


 整備員が頷く。


「戦車とは違うんですね」


「違う」


 ミナミは即答する。


「同じ照準じゃ撃ち漏らす」


 数秒後。

 タブレットが光る。


「……更新完了」


 ミナミが振り返る。


「整備班」


 全員が顔を上げる。


「こいつ仕上げるぞ」


 少し間。


「手を抜かずに来れる人、手伝って」


 そして声を張る。


「繰り返す!」


「手を抜くなよ!」


 さすがに全員は来ない。

 戦闘中だからだ。


 だが。


 一人。


 また一人。


 整備区画に人が集まり始める。


 整備班だけではない。


 通信班。

 警備兵。

 補給班。

 医療班まで顔を出していた。


 ミナミは軽く頭を下げる。


「ありがとう」


 そしてフォックス機を見上げる。


「フォックス機の改装は最後の要」


集まったみんなの顔を見回す。


「整備終了次第、この空域を抑える作戦が決行される」


 一瞬、静寂が落ちる。


「これは最後の工程だ」


 ミナミは言った。


「各人……筆を取れ」


 一瞬の沈黙。


 そして。


 笑いが起きた。


「やるか!」


「塗料持ってこい!」


「久しぶりだな!」


 整備員たちが一斉に工具箱を漁る。


 塗装用スプレー。

 マーキングペン。

 塗料。

 筆。


 そして……フォックス機に群がる。


 白い装甲に次々と書き込まれていく言葉。


 勝利。

 敵討ち。

 平和。


 祈りの言葉。

 誰かの願い。


 だが。


 それだけでは終わらない。


「サヤさん!」

「付き合ってください!」


 誰かの告白。

 すぐ横に別の文字。


『クイーン様結婚してください』


 さらにその横。


『フォックス羨ましい』

『俺もモテたい』


 整備区画が笑いに包まれる。

 それを見ていた若い整備員が聞く。


「……これ、なんですか?」


 ミナミは腕を組んで答える。


「儀式みたいなものね」


整備中は厳しかったミナミが機体を見る眼差しが、今は優しくなっている。


「みんなの思いが」


 白い装甲を見上げる。


「この機体に宿る」


 ミナミの瞳の中に、皆んなの思いが映る。


「そして、この機体を護る」


 整備員が呟く。


「護る……」


 ミナミは笑う。


「あのクイーン機の白い機体の下でさえ、たくさんの想いが載ってるのよ」


 遠くで。

 ズン。

 105ミリ高射砲が響いた。


 ミナミは言う。


「敵の弾が当たるわけないわ」


 整備員が頷く。


「……そうですか」


 ミナミは歩き出す。


「私も書いてこよう」


 白い装甲。


 祈り。


 告白。


 嫉妬。


 様々な言葉の中。


 ミナミは筆を走らせた。


 そこに書かれた言葉は――


『みんな大好き』


 それを見た整備員たちが笑う。


 誰かが言う。


「……絶対勝つな」


 白い機体は。

 もうただの機械ではなかった。


 基地の願いを背負った、

 戦場の中心だった。

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