ゴリアテAIのお勉強
夜間補給が終わったあと、整備区画では別の作業が進んでいた。
整備区画の奥で、ミナミは端末の最後のキーを叩いた。
短い電子音。
画面に流れていたログがゆっくりと止まり、ステータス表示が緑色に変わる。
ミナミは肩を回した。
「……よし」
端末を閉じる。
「アップデート完了」
背後から声がした。
「早かったわね」
クイーンは腕を組み、端末を覗き込んでいる。
「何か仕込んだの?」
ミナミは肩をすくめる。
「ええ」
目は端末から離さない。
「ゴリアテAIのコミュニケーション能力を強化しました」
クイーンの眉がわずかに上がる。
「コミュニケーション?」
「はい」
ミナミは端末を軽く叩いた。
「人間側の判断ログを読み取る能力を強化しています」
「それと」
少し声が下がる。
「自律モードです。実用段階に進んだと判断しました」
クイーンは静かに頷く。
「という事は……実戦でテストするのね」
「はい」
ミナミはあっさり答えた。
「本当はシミュレーションをもっと回したいんですが、人手不足ですからね」
横から声が入る。
「人手不足でAI強化か」
フォックスだった。
整備区画の壁にもたれ、腕を組んでいる。
「ずいぶん物騒な解決方法だな。全世代の会社経営さながらってとこだな」
ミナミは苦笑した。
「まあ、現場ではよくある話ですよ」
フォックスがゴリアテを顎で指す。
「そのうちこいつに腕でも生やす気か?」
両手でスパナを回す仕草をする。
「整備させるとか」
ミナミは即座に首を振った。
「整備は繊細な作業ですので、付け焼き刃は勘弁してください」
フォックスが笑う。
「なんだよ、夢がないなぁ」
クイーンが言う。
「そんな事言わないで。現実的なのよ」
そしてミナミを見る。
「それで、このアップデートはあなたがやったの?」
「ええ、全部一人でではありませんが」
ミナミは頷く。
「本部の技術班じゃなくて?」
ミナミは少し肩をすくめた。
「メインのカーネル部分やシステムはもちろん、本部に任せてあります」
ミナミはゴリアテに目を落とす。
「そこを現場が触るのは危険ですから」
クイーンは納得したように頷く。
「合理的ね」
ミナミは続ける。
「ただ、この前線基地向けにカスタムアップデートを行いました」
フォックスが眉を上げる。
「この前線専用ってわけか」
「ええ」
ミナミは端末を軽く叩いた。
「研究所のシミュレーションと実際の戦場は少し違います」
「通信遅延」
「センサーのノイズ」
「地形の影響」
「それに」
一拍。
「人間の判断」
クイーンが言う。
「そこを調整したのね」
「はい」
「前線のログを優先するようにしました」
フォックスが小さく笑う。
「なるほど、戦場の教師付きAIか」
ミナミは答える。
「ええ。この基地では、人間が一番いい教材ですから」
フォックスが肩をすくめた。
「つまり俺達が教科書か」
ミナミは即答した。
「ええ、しかも実戦版です」
フォックスは天井を見上げる。
「……それは一番厄介な教科書だな」
クイーンが静かに笑った。
「いいじゃない。優秀な教材が揃ってる」
ミナミは端末を閉じる。
「次の戦闘で、ゴリアテはたくさん勉強すると思います」
コンソールのランプが静かに点灯した。
ゴリアテAI。
アップデート完了。
***
それから、しばらくして。
サヤは管制席で戦闘ログを確認していた。
新しいアップデートの確認も兼ねている。
モニターには、先ほどの戦闘データが表示されている。
侵入角。
迎撃位置。
弾道。
衝撃波。
いつもと同じログ。
――のはずだった。
「……?」
サヤは眉をひそめた。
モニターの上に、見慣れないラインがある。
薄い青色。
戦闘ログの上に、静かに重なっている。
それは弾道でも、予測線でもない。
だが、妙に整っている。
サヤはカーソルを動かした。
別の戦闘ログ。
そこにも――同じ線。
そして次のログ。
また同じ。
「……なんだこれ」
思わず呟いた。
サヤは立ち上がる。
椅子が小さく音を立てた。
そして走る。
整備区画へ。
廊下を抜け、ハンガーを横切り、整備コンソールの前で止まる。
「ミナミさん!」
ミナミが振り向く。
「どうしました?」
サヤは端末を差し出す。
「戦闘ログなんですけど、変な線が入るようになって……」
ミナミは端末を見る。
そして、少しだけ口元を上げた。
「……ああ、それね」
サヤが身を乗り出す。
「何なんですかこれ」
ミナミは逆に聞いた。
「どう思う?」
サヤはもう一度画面を見る。
ラインを目で追う。
侵入角。
速度。
距離。
射程。
そして。
「……言われて見れば、完璧な射線かと」
ミナミは頷く。
「正解」
サヤは驚いた。
「え?」
ミナミは端末を軽く叩いた。
「ゴリアテの新機能、戦術学習ライン」
サヤはモニターを見る。
青い線。
戦闘ログの上を、綺麗に横切っている。
ミナミが説明する。
「あなたの戦闘ログを元に、AIが理想射線を引いてる」
サヤが目を丸くする。
「私の?」
「ええ」
「教師付きAIって言ったでしょう」
ミナミは笑う。
「ゴリアテは、今、あなたから戦術を勉強してる」
そして少しだけ言葉を足した。
「正確には――」
一拍。
「戦術を学んでいるんじゃない」
「戦場を理解し始めてる」
サヤは画面を見つめた。
青い線。
自分の撃った軌道と、ほとんど重なっている。
「……なんか、見られてる感じですね」
ミナミは即答する。
「見てるわよ、ずっと」
その時。
端末から電子音が鳴った。
ログが更新される。
『戦術学習 更新』
『観察対象:サヤ』
フォックスが横から覗き込む。
「ほらな、いい教師だ」
サヤが苦笑する。
「教師って……」
クイーンが静かに言った。
「楽しみね」
「何がです?」
サヤが聞く。
クイーンは答えた。
「ゴリアテが、どこまで賢くなるのか」
端末のログが流れ続ける。
もう一つの追加機能。
『英雄達の語録……収集開始』
ゴリアテAI。
その授業は――
まだ始まったばかりだった。




