管制の限界
第二波は、間を置かなかった。
まるでこちらの呼吸を読んでいるかのように。
第一波が引いた空域へ、次の点が滑り込んでくる。
モニターの上で、白い点が次々と現れる。
高度が違う。
速度が違う。
侵入角も違う。
そして――
混在率が上がっていた。
「数、増えてます!」
通信席の若いオペレーターが叫ぶ。
「小型ドローン多数! 高速型も混ざってます!」
モニターの識別色が次々と変わる。
黄色。
赤。
未確認。
サヤはカーソルを滑らせる。
識別補助のラインが何本も表示される。
だが、それは答えではない。
候補だ。
ゴリアテAIの補助表示が現れる。
優先順位。
危険度。
侵入予測。
だが――
決めるのは人間だった。
サヤは短く言う。
「識別ログ、更新優先」
「はい!」
オペレーターが必死に端末を叩く。
「小型、囮多いです!」
「分かってる」
サヤの声は落ち着いている。
だが指先は止まらない。
カーソルが次々と空域を横切る。
滑らかな軌道。
不規則な軌道。
明らかに“誘っている”動き。
フォックスが低く言った。
「全部に反応するな」
短い言葉。
だがそれだけで十分だった。
サヤは頷く。
「はい」
そして――
滑らかな軌道の一群を、切る。
無視。
カーソルを逸らす。
オペレーターが思わず声を上げた。
「えっ!? あれ、基地方向です!」
「囮です」
即答だった。
「本命じゃない」
フォックスが小さく笑う。
「いい判断だ」
次の瞬間。
別方向から三機。
低空。
速い。
サヤの指がトリガーに触れる。
「牽制、撃ちます」
「撃て」
フォックスの声。
発射。
ドン。
砲弾は直撃ではない。
空域の前方。
わざと少しずらした位置。
爆散。
ドローンの進路が歪む。
「進路変化!」
オペレーターが叫ぶ。
「三機とも減速!」
サヤは息を吐く。
撃墜ではない。
だが空域が整う。
フォックスが言う。
「いい」
「空を整えろ」
その瞬間。
外から乾いた連射音が響く。
タタタタタッ。
クイーンのワーカーだった。
作業用機体。
だが、20ミリは本物だ。
低空のドローン群を払う。
空の下層が揺れる。
進路が乱れる。
AI制御が再計算を始める。
オペレーターが早口になる。
「通信ログ追いつきません!」
「識別待ち三十!」
「未確認二十!」
サヤは短く言う。
「全部追わなくていい」
「危険度三以上だけ」
「は、はい!」
フォックスが小さく笑う。
「管制の席に慣れてきたな」
サヤは返さない。
モニターから目を離さない。
その時だった。
低空のドローンが二機、
急角度で進路を変えた。
サヤの指がトリガーを引く。
タタタタタッ。
短い連射。
爆散。
「撃墜確認!」
オペレーターが叫ぶ。
だが――
連射が、ほんの少し長かった。
タタタッ。
空域には、もう何もいない。
フォックスが横目で言う。
「……今の」
手で顎を撫で。
「ちょっと長い」
サヤはすぐ答える。
「……はい」
フォックスはモニターを見たまま続ける。
「機関砲は秒で撃つ」
モニターの射撃時間を指差して。
「ゲパルトでも、0.2秒刻みだ」
サヤは呼吸を整える。
フォックスが言う。
「今のは、0.3秒長い」
怒りではない。
ただの評価。
フォックスが肩を軽く叩く。
「新人だな」
その時。
通信にノイズが走る。
クイーンの声。
「……聞こえているわ」
車内の空気が締まる。
「0.3秒……弾薬換算で、約五発」
静かな声。
「整備班が運んだ五発」
サヤは答える。
「……はい」
「次から減らしなさい」
通信はそれで切れた。
短い沈黙。
フォックスが鼻で笑う。
「気にすんな」
サヤが視線を向ける。
フォックスは肩をすくめた。
「俺なんて」
明後日の方を向いて。
「最初は一秒長かった」
オペレーターが思わず吹き出しそうになる。
「一秒……?」
サヤが聞き返す。
フォックスは頷く。
「ああ」
目を伏せる。
「空に何も残ってないのに撃ってた」
肩を回す。
「教官に言われたよ」
指で丸を作りながら。
「“空じゃなくて財布を撃ってる”ってな」
小さな笑いが漏れる。
フォックスはモニターを指で叩く。
「だから安心しろ」
何度も頷きながら。
「0.3秒なら優秀だ」
サヤは小さく息を吐く。
「……次は止めます」
フォックスは首を振る。
「違う」
人差し指をピンと立てる。
「気付けばいい」
その時だった。
ゴリアテAIの補助ラインが変わる。
一機。
小さい。
速い。
侵入角が急に変化する。
「……?」
オペレーターが戸惑う。
「AIが修正予測出してます」
サヤはモニターを見る。
侵入角補正。
基地直上。
あと十秒。
「撃ちますか!」
オペレーターの声。
だがサヤは――
撃たない。
フォックスが横目で見る。
「理由は?」
「撃つと、後ろが来る」
即答。
フォックスは頷く。
「続けろ」
サヤはカーソルをずらす。
ほんの少し。
トリガーを引く。
発射。
砲弾はドローンではなく、その前方へ。
爆散。
衝撃波。
ドローンの軌道が折れる。
「進路変化!」
オペレーターが叫ぶ。
「基地直上回避!」
フォックスが短く息を吐く。
「よし」
だが。
サヤはモニターを見たまま言う。
「弾数」
オペレーターがすぐ確認する。
「残弾の減りが、想定より早いです!」
「減少率、高い!」
沈黙が一瞬落ちる。
フォックスが言う。
「弾薬は有限だ」
「はい」
サヤは静かに答える。
「敵はそれを測っています」
フォックスは頷く。
「その通りだ」
空の点が、また減る。
ドローン群は高度を上げ、距離を取る。
第二波は引いた。
だが、完全に離脱したわけではない。
遠くで旋回している。
様子見。
測定。
観測。
オペレーターが小さく言う。
「……試されてますね」
フォックスが笑う。
「そうだ」
サヤはモニターを見たまま呟く。
「こちらの限界を」
手のひらが汗で湿っている。
呼吸が浅い。
フォックスが横目で見る。
「怖いか」
サヤは迷わず答えた。
「はい」
フォックスは頷く。
「それでいい」
静かな声。
「怖くない奴は、撃ちすぎる」
サヤは小さく息を吐く。
モニターの空域。
まだ点が残っている。
完全には取り切れていない。
静かだ。
だが静かすぎる。
フォックスが言う。
「第三波が来る」
サヤは頷く。
「はい」
オペレーターが小さく呟く。
「……弾、足りますか」
フォックスの口角が上がる。
「足りなきゃ」
小さく笑う。
「足りる撃ち方をする」
サヤはもう一度モニターを見る。
撃つ。
撃たない。
選ぶ。
それが今の仕事だ。
空は、まだ終わっていない。
そして――
管制の限界も、まだ見えていなかった。




