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飽和の始まり

 敵のドローン攻撃は、これまでの牽制とは明らかに質が違っていた。


 数が多いだけではない。


 高度。

 速度。

 侵入角。


 すべてがばらけている。


 偶然ではない。

 意図的に管制を飽和させる構成だった。


 対空車両の内部は狭い。

 だが、その狭さが今は救いでもある。


 視界がまとまり、余計なものが入ってこない。


 運転席にはフォックス。

 火器管制席にサヤ。

 通信と識別を担当する若いオペレーターがその横にいる。


 三人の距離は腕一本ほど。


 だが、この距離が

 戦場では“命の距離”だった。


 モニターに点が増えていく。


 最初は三つ。

 次に五つ。

 やがて十。


 そして――


 まだ増える。


 空が、点で埋まり始めていた。


「低空三、さらに五機追加!」


 オペレーターの声が上擦る。

 ヘッドセット越しでも分かる震え。


 若い。

 だが逃げてはいない。

 それだけで十分だった。


 サヤは震えない。

 カーソルを滑らせる。


 赤い識別。

 黄色の警告。

 白の未確認。


 そのすべてを、瞬時に切り分ける。


 撃つべき目標。

 撃たない目標。


 そして――


 “無視すべき目標”。


 フォックスの言葉が頭の奥に残っている。


 全部に反応したら、持たない。

 サヤは一度だけ呼吸を整えた。


 吸う。

 止める。

 吐く。


 それだけで、視界が整う。

 カーソルが交差する。

 ドローンは小さい。


 だが完全な無秩序ではない。


 主軸がある。


 誘導。

 観測。

 囮。


 その三つの役割が混ざっている。


 つまり――


 管制を疲れさせる構成。


 フォックスはトリガーに指をかけていた。


 だが撃たない。

 撃つ準備だけをする。


 その姿勢は、サヤにとって一つの合図だった。


 撃たせない。


 まだだ。

 空を読む。

 それが先だ。


 外ではエンジン音が短く唸る。


 クイーンのワーカーが前へ出ていた。

 作業用機体。


 だが20ミリを積んだ即席の対空役。


 ワーカーの脚が地面を踏む。

 軽い。

 本来戦場に立つ機体ではない。


 だが――


 今は十分だった。


 乾いた連射音が夜を裂く。

 タタタタタッ。


 短い。

 無駄がない。


 空を狙うのではない。

 空を乱す射撃。


 低空の群れが散る。

 ドローンの進路が乱れる。


 AI制御が再計算を始める。

 そのわずかな遅延が――

 地上に時間を生む。


 だが。


 一機。


 小さい影が突破した。

 レーダーに一瞬だけ引っかかり、消える。


 そして――


 基地外縁。

 小さな爆煙。

 砂が舞い上がる。


「外縁爆発、軽微!」


 通信席の声。

 だが、その次の言葉が続く。


「……でもゼロではありません」


 沈黙が一瞬だけ落ちる。

 サヤは表情を変えない。


 ゼロではない。

 それが戦場だ。


 完璧な防御など存在しない。

 重要なのは――


 “崩さないこと”。


「弾数、減少率高いです!」


 サヤは深く息を吸う。

 モニターの補助表示が一つ増える。


 弾道補正ライン。

 予測軌道。

 微妙な滑らかさ。


 ゴリアテAI。


 試験運用が、今始まった。

 完全な制御ではない。

 補助。


 ほんのわずかな計算補正。

 だがその差は大きい。

 カーソルが滑る。


 人間の操作とAI補助が混ざる。

 フォックスが小さく言った。


「いいな」


 それだけ。

 だが十分だった。


 サヤはトリガーを引かない。


 まだだ。


 狙うのは撃墜ではない。

 空域の整理。

 敵の流れ。

 その主軸。


 フォックスが一発撃つ。


 105ミリ。


 低い衝撃音。

 轟音ではない。


 宣言だ。


 この空域は――


 ここから先は許さない。


 砲弾はドローン群の中央を通過する。


 爆散。


 だが命中ではない。

 空間を裂いただけ。


 それで十分だった。


 ドローンの進路が崩れる。

 AIは危険域を再計算する。


 回避行動。


 群れが裂ける。

 それだけで、空が整う。


 サヤは理解する。


 これが――

 空を“縛る”ということ。

 撃ち落とすよりも。

 動きを制御する。


 それが火力管制。


 第一波は退いた。

 空域から点が減る。

 モニターが静かになる。


 だが。

 誰も息を抜かない。


 フォックスは空を見ていた。

 遠く。


 暗い雲の向こう。

 まだ何かが動いている。


 オペレーターが小さく呟く。


「……静かすぎます」


 サヤも同じことを思っていた。


 これは終わりではない。


 測定。

 試験。

 観測。


 今のは――


 本番ではない。


 フォックスが小さく息を吐く。


「来るぞ」


 クイーンのワーカーが戻る。


 20ミリの砲身がまだ熱を持っている。


 そして。


 空は再びざわめき始めた。

 遠い空域。

 新しい点。


 一つ。

 二つ。

 五つ。

 十。


 さらに増える。

 サヤは静かに言った。


「……飽和、ですね」


 フォックスは頷く。


「そうだ」


 その声は落ち着いている。


「始まったな」


 空は、静まり返らない。


 ドローンの点は増え続ける。


 これは攻撃ではない。


 圧力。

 削り。

 疲労。


 そして――


 本命を通すための、前触れ。

 飽和攻撃。


 その始まりだった。

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