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教官と指導者

 フォックスとクイーン。


 二人は同じ場所に立っている。

 だが、立ち方がまったく違っていた。


 フォックスは、いつも横にいる。


 真正面に立って視界を塞ぐことはしない。

 一歩前に出て、背中で引っ張ることもしない。


 危険があれば、先に潰す。

 だが、その理由を声高に説明することはない。


「今のは、やらなくていい」


「それは、後で分かる」


 短い言葉。


 だが、そこには配慮がある。


 恐怖を、記憶に残させない。

 怖い思いを“学習”にしない。


 代わりに――

 考えさせる。


 判断の余地を残し、

 失敗しない場所で迷わせる。


 手を出しすぎない。

 だが、放り出しもしない。


 横に立つ教官。


 それが、フォックスだった。


 対空車両の中。


 サヤはその背中を何度も見てきた。


 引き金に触れた瞬間、

 声が飛ぶ。


 撃つな。


 今だ。


 待て。


 そのすべてが、命を削らせないための声。


 だが。


 理由は、後だ。


 一方で――


 クイーンは、常に少し前に立つ。


 迷う前に、やって見せる。

 言葉より先に、結果を示す。


「ここは、こう動く」


 理由は後。

 まず、事実。


 20mmの試射。

 作業用ワーカーでの実戦配置。

 その意味は明かさないままだ。


 しかしすべて、示してから説明する。


 そして、次。


「じゃあ、今度はあなた」


 判断を預ける。

 責任ごと、預ける。


 失敗すれば――

 自分が引き取る。


 その覚悟を、最初から隠さない。


 先を見せる指導者。


 それが、クイーンだった。


 フォックスは“守る”。

 クイーンは“引き上げる”。


 どちらも正しい。

 どちらも必要だ。

 そう考えていた頃……。


「越えました!」


 通信席の女性兵が叫ぶ。

 その瞬間、空域に赤い警告表示が走る。

 サヤの指が迷いなく引き金を引く。


 発射。

 命中。

 爆散。

 境界線は、破られた。


 静かな均衡は崩れ、空気が一気に動き出す。


「全車両、散開!」


 フォックスが短く指示を出す。

 対空車両がわずかに位置をずらす。


 だが地上では、別の意味で“散らばって”いた。

 簡易整備ハンガーの前。


 工具箱が開いたままになっている。

 レンチが床を転がり、

 ボルトが点々と落ちている。


 延長コードが地面を這い、

 外された装甲板が立てかけられたままだ。


「電源落とせ!ケーブル踏むな!」

「弾薬ケース閉めろ!」


 誰かが叫ぶ。

 慌ただしいのは人ではない。

 途中だった作業が、形のまま止まっている。


 第二種戦闘装備の固定途中のアーム。

 仮締め状態の補助センサー。

 まだ完全に締結されていない外装プレート。


 ミナミが声を張る。


「工具まとめて!通路確保!」


 男性整備員が転がったレンチを拾い、

 女性整備員が弾薬箱の蓋を叩き閉める。


「ガチャン!ダン!ドン!」


 派手な音がするが、気にも止めない。


 散らばっているのは必要な機材ばかり。

 だが、それは“準備の途中”という証拠だ。


「これ、外すな!固定優先!」

「了解!」


 整備員の声は飛び交う。


 地上でもまた、別の境界線があった。


「……あの」


 現地の若い男性整備員が、

 工具を持ったまま立ち止まる。


「ミナミさん」


「はい?」


「その……落ち着いたら」


 俯き気味に手を組み合わせて。


「食事でも……」


 ミナミは、

 一瞬も迷わなかった。


「ごめんなさい」


「今は、そういう余裕ありません」


 即答。


 撃沈。


「……ですよね」


 男性整備員は、

 赤くなって作業に戻る。


 周囲から、

 小さな苦笑が漏れた。


「境界線、越えたな」


「仕事は仕事だ」


 誰かが、ぽつりと呟く。


 ここにもまた、

 越えてはいけない線があった。


 空にも。

 地上にも。

 人と人の間にも。


 それを理解し、

 踏み越えずに立ち続けること。


 それが、

 この場所で生き残るということだ。


 様々な判断が走る場所だった。


***


 空ではドローン群が高度を落とす。


「低空侵入!」


 通信席の声が震える。

 サヤは照準を滑らせる。


 撃つ。


 一機、二機、三機。


 爆散。


 だが数が多い。


「焦るな」


 フォックスが低く言う。


「撃つ順番を選べ」


 クイーンのワーカーが前へ出る。

 20mmが火を吹く。

 乾いた連射音。


 低空をかすめるドローンの進路が乱れる。

 “ワーカーである意味”が、ここで表に出る。

 本格WFを出さない。


 だが、ドローン相手なら十分な火力を示す。

 敵は判断を迷う。


 本気か?

 牽制か?


 その一瞬が、地上の整理時間になる。


***


 簡易ハンガー整備区画。


 散らばっていた工具が次々と回収されていく。


 延長コードが巻き取られ、

 部品箱が壁際に積まれる。


「通路クリア!」


「第二種装備、仮固定完了!」


 ミナミは頷く。


「よし、次の段階行ける」


 彼女は空を見上げる。


 境界線は破られた。

 だが崩壊はしていない。


 散らばっていたのは、

 混乱ではなく“途中”だった。


 サヤは対空車両の席で息を整える。

 守られる存在ではない。


 線を保つ側。

 教官の横で。

 指導者の前で。


 判断は、もう迷っていない。


 撃つ。

 止める。

 選ぶ。

 それが、今の自分の仕事だ

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