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『ゴリアテ』

 森は、静かすぎた。


 爆発の残り香として撒かれた煙が、ゆっくりと薄れていく。

 破壊の痕跡に見せかけた、ただの舞台装置。最初から、そういう煙だった。


 敵の狙いは明白だ。

 WFを壊すことじゃない。無力化して、中身だけを奪う。


 先行していたジャックの機体は発見された。

 装甲は無傷。ハッチは開放。中身だけが、消えていた。


 ――敵は、俺たちを知り尽くしている。

 元パイロットか、それに限りなく近い存在。


 警報が鳴る。ロックオン。


「……来たな」


 本部長の声が、すぐに被さった。


『フォックス、回避パターンをランダム化して! 直線移動は絶対に避けて!』


「言われなくてもやってるさ……くそ、脚が重い。やっぱ森林じゃ二足は不利だ」


 枝、根、ぬかるみ。

 都市戦用に最適化された脚は、自然相手だと露骨に牙を抜かれる。


 警報がもう一度鳴った。

 二基目。いや、それ以上だ。


「一基じゃないな……複数いる」


『複数!? 衛星も索敵ドローンも、反応なしよ!?』


 だろうな。

 この森で低空ドローンなんて、正気の沙汰じゃない。


「“見えない”ってのは、そういうことだ」


 敵は感知圏外。

 なのに、こちらだけが一方的に見られている。


 スナイパーに睨まれた時と同じ感覚。

 撃てるのに、撃たない狙撃兵。


『……いつでも撃てる雰囲気を残す。流石ね』


「経験談か?」


『ええ。私、元スナイパーだから』


 通信越しでも分かる。

 本部長――クイーンが、昔の顔を出す時の声音だ。


『WFには決まった急所がない。機体ごとに、癖が違うの』


「撃つ側は、それを忘れがちだ」


『ええ。弾の選択も難しい。一発で決めないと、位置が割れる』


 この森で、このサイズの機体を使って待ち伏せ。

 普通は無理だ。


 だから――相手は撃たない。


「撃たない狙撃兵、か」


『位置を固定しない。弾道も残さない。ただ視線だけを置いていく』


 なるほど。

 “見られている”感覚だけを残す。

 それが一番、厄介だ。


 105mm砲を使えば、何かしら壊れる。

 地形も、証拠も、全部吹き飛ぶ。


『……待って。105mmは使わないで』


「珍しいな。あんたが火力を渋るなんて」


『あれは“当てる”兵器よ。撃てば、何かしら壊れる』


 敵の思惑通りになる。

 “何が起きたか”を闇に葬るための舞台装置。

 それが、この煙だ。


『それに……もし敵が、ジャックの機体を回収しているなら』


 その一言で、引き金にかけていた意識が外れた。


「……了解。105mmは封印する」


『……ありがとう』


 撃てない理由が、戦術じゃなくなった瞬間だった。


 だが、向こうも万能じゃない。


「相手は、こっちの手を全部読んでる」


『……ええ』


「いや、読んでる“つもり”だ」


 通信の向こうで、息を呑む気配。


「撃たないって選択は、向こうの想定外だ」


『……フォックス、それって』


「俺は、もう囮じゃない」


 一拍の沈黙。


『最悪の想定を共有するわ。敵はWFを破壊しない。制圧でもない』


「……奪う、か」


『ジャックの機体、ハッチが開いていた。自爆コードも作動していない』


 背筋が、凍った。


 それでも俺は笑う。


「あはは……じゃあ俺はまだマシだな。今も、ちゃんと中にいる」


『……冗談に聞こえないわ』


「安心しろ。簡単に捕まってやるほど、素直じゃない」


 次の警報が鳴った。

 超接近。


「真上じゃない……足元だ。張り付かれたな」


『足元!? そんなの、どうやって……!』


 地面を這う兵器。

 古いが、確実な思想。


「昔の兵器だ。ドイツ軍が使ってた。“ゴリアテ”」


『……小型の遠隔爆破車両』


 正解だ。

 飛ぶより、確実。

 地面は裏切らない。


 森林は、下の方が自由だ。

 WFは大きい。だから足元が死角になる。


『……無力化して、中身だけ奪う』


「ジャックの件とも、辻褄が合う」


 警報音が、さらに高くなる。


「……来る」


『フォックス、離脱して! 今すぐ後退――』


「無理だ。足元を取られてる」


 地面から煙が上がり、軽い振動が機体を伝う。

 思わず、苦笑いが漏れた。


「警告らしいな。次は本物だ」


『フォックス……!』


「通信が切れたら、わかってるよな」


『勝手に終わらせないで!!』


「生きてたら、また愚痴を聞いてくれ」


 覚悟は、いつでも出来ている。


 俺は、ジャックの機体に一瞬だけ背を向けた。

 そして、森の奥へ進路を取る。


 あとは――派手に暴れるだけだ。


 視線の主を、引きずり出すために。

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