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支える者達の戦場

 敵の動きは、はっきりしていた。


 高度を保ち、速度を殺しすぎず、基地の制圧ライン――そのぎりぎりの上空を、かすめるように通過する。


「……ライン上です」


 サヤの声は落ち着いている。

 だが、その視線は一瞬も逸れていない。


 撃てる距離。

 撃てる角度。


 それでも、引き金は引かれない。


 フォックスは対空車両の運転席に座っていた。

 振動がシートを通して背骨へと伝わる。


 車長席は空いている。

 そこに座るべき人間は、別の場所にいる。

 通信席には現地の若い女性兵が一人ついていた。


「敵編隊、増勢中。ドローン混在率三割」


 モニターに点が増えていく。

 一応、高高度の航空機に対してはそれなりの装備が用意してある。


 問題は。

 高速の戦闘爆撃機。

 そしてドローン。


 単なるおもちゃみたいなドローンなら、たいした爆弾も吊り下げられない。


 だが中には、ほぼミサイルみたいな奴もいる。

 安価で、速く、小さく、そして数が多い。

 本格的な作戦に出るにはまだ少し時期的に早い。


 もう少し相手を集結させて、本気になった所を叩きたい。

 だが、長い時間は待ってられない。


 こっちの地上用WFが出れば、絶対に航空支援機が来る。


 対空力が増強された事は伝わっていないと思いたい。

 そして、俺はともかく――

 クイーンがいることもな。


 知られた瞬間、本気が来る。


 前線基地の端っこ。

 ワーカー数台に並んで、少し物騒なワーカーが見える。


 「これね?調子を見てみようかしら」


 クイーンは作業用ワーカーのコックピットに収まっていた。


「無駄撃ちは出来ないけど、許してね」


 薬莢が飛び散り、砂山に砂煙が上がる。


「やるわね。かなり追い込んだみたいで、集束も悪くない。」


「ミナミさんにかなり絞られながら、なんとかここまでやってみました」


 現地のベテラン整備員が叫ぶ。


「ありがとう。これで行けそうね」


 反動補正は安定。

 姿勢制御も想定内。

 クイーンは満足して機体を降りる。


「あとは、これで“いつ出るか?”だけね」


 しかし、このワーカーに搭乗する件で、少し前線基地内に不満が広がっていた。


 ――何故、クイーンがここのWFに乗らない?


 フォックスはここの連中がクイーンを甘く見ている事に、少々苛立っていた。


 わかっていない奴らだ。


 クイーンはここのWFでも十分戦える。

 下手すればここのエースなんか一捻りさ。


 理由がある。


 やつはその辺り、ただの酔狂でこんなワーカーで出たりしない。


 ワーカーである事に意味がある。


 “自分が主戦力ではない”という姿勢。

 “だが協力する姿勢は万端”という圧。


 心理的な均衡。


 「まぁ、普通の兵士達は知らなくて良い」


 そして思う。


 クイーンの手のひらの上で踊っている方が、何倍も幸せな結果になる事くらい、俺はわかっている。



 だが――

 それでも、まだ始まってはいない戦闘。


 きっと撃てば始まる。

 撃たなければ、この均衡がいつまでかは続く。

 その微妙な均衡が、この場を支配していた。


 サヤは理解し始めていた。

 ここは訓練場ではない。

 判断を間違えれば、死ぬ。


 けれど。

 今はまだ、死ぬ場所でもない。


 この「間」に立ち続けること。

 曖昧な境界線を意図して保ち続けること。

 それ自体が戦場なのだ。


「……境界線って」


 線があるから守られているんじゃない。

 越えさせない判断があるから、線が成立している。

 その事実が、胸に落ちる。


 一機がラインを越えかける。

 指がトリガーに触れる。

 越えたら撃つ。


 一瞬。

 敵は離脱。

 まだ本気ではない。

 均衡は崩れてはいない。


***


 その頃――


 整備区画では、別の戦いがあった。


 ミナミは曲がったシャフトを見つめていた。

 地面に転がっていた、歪んだ金属。


 「どうしたんだ?」


 通りかかった現地整備員の男が、声をかける。

 ミナミは正直に伝える。


「このシャフト、予備使うのが勿体なくてね」


「使えれば良いんだろ?それなら」


 傍にあった石を両手で持ち上げる持ち上げる。

 ミナミに向かって普通の事の用に言い放つ。


 「指示するから向きだけ変えてくれ。そう、先ずは山なりをこっち向けて」


 ミナミは従う。


「石の破片が飛ぶから、目瞑っているか、顔を逸らしててくれよ」


 ゴン、ゴンそのままと叩き下ろす。

 微妙な角度で、少しずつ。

 力任せではない。

 振動を読んでいる。


 次々と指示が飛ぶ。

 ミナミはそれに従い向きを変える。


 整備員は金属の鳴り方を聞いている。

 そしてシャフトを手に取る。

 

「どうかな?良い感じだと思うけど」


「ありがとう。これで使えそう」


 ミナミはお礼にウインクを投げる。


「……さすがね」


 直ったシャフトを見ながら。


「曲がったシャフトを、拾った石をぶつける事で使えるところまで伸ばすとは」


「ウインクまでいただけるとは、ありがたい!」


 男はまんざらでもない顔。


「新品じゃなくても、回ればいいんだ。機能を果たせば満足だよ」


 その一言が重い。


 新品でなくてもいい。

 回ればいい。

 動けばいい。

 守れればいい。


「では、これで」


 何事も無かった様に整備員は立ち去る。


 続けてミナミが声を張る。


「手が空いた整備の方々は、フォックス機の第二種戦闘装備に協力してくださいますか?」


 他の女性整備員も声を合わせる。


「よろしくお願いしますぅー!」


 一瞬の静寂。

 そして歓声。


「おおっ!」


 男性整備員はこぞって簡易整備ハンガーにダッシュ。


 士気が熱を持つ。


「……こういうのも必要だよね」


 ミナミは深く頷く。

 空で保たれる線。

 地上で繋がる手。

 どちらも戦場。


***


 対空車両。

 空はまだ越えていない。


 だが緊張は増す。


 撃てる。

 撃たない。

 だが、撃つ覚悟はある。


 フォックスは空を見上げる。

 サヤは呼吸を整える。

 クイーンのワーカーが静止する。


 境界線。


 それは地図の線ではない。

 人の意志で引かれた線。

 その線の上に立ち続けること。


 それ自体が戦い。

 やがて。

 この線は破られる。


 その時は全員、

 躊躇無く撃つ覚悟は、もうできている。


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