座らされる席
対空車両は、ハンガーの端に置かれていた。
WFほど大きくはない。
だが、ただの車両とも違う。
無骨な砲塔。
簡素な装甲。
元になった戦車にも似た車体と、むき出しの履帯。
戦場の主役ではない。
だが――
空を睨むために生まれた形。
それを見た瞬間、サヤは無意識に足を止めていた。
鉄の匂い。
油の匂い。
WFとは違う、もっと生々しい匂い。
「サヤさんは……あれに」
背後から、静かな声。
クイーンだった。
「さぁ、乗ってみて」
サヤは振り返る。
「え……?」
「対空車両よ」
言い直すでもなく、補足もない。
サヤは一瞬、フォックスを見る。
だがフォックスは何も言わない。
止めもしない。
ただ、見ている。
「……私、ですか?」
自分の声が、少し上ずる。
クイーンは頷く。
「そう」
そして、ほんのわずかに首を傾げた。
「あなたなら、大丈夫だから。それだけ」
理由は説明しない。
だが、信頼だけは明確だった。
「なぜ、食事係から引っぱり上げたか」
微笑む。
「すぐに、分かるわよ」
サヤは答えを持たなかった。
納得も理解も、まだない。
それでも。
「……はい」
返事は、自然に出ていた。
クイーンは慣れた手つきで、さっさと車両へ乗り込む。
サヤはゆっくりと近づく。
履帯の脇に設けられた簡易ステップ。
手すりは冷たい。
「ここを掴んで、ここに足をかけて」
整備員が小声で補足する。
そしてそのまま、サヤは対空車両の内部へ滑り込む。
射手席。
簡素なシート。
深く包み込む形ではない。
固定具も最低限。
だが、すでに気付いている。
――逃げ場がない。
座らされる席。
その言葉が、頭をよぎる。
自分から望んだわけではない。
だが、立たされたわけでもない。
選ばれた席。
クイーンが淡々と説明を始める。
「ここが射手席」
「主砲操作」
「仰角」
「旋回」
「照準補正」
指先で一つ一つ示す。
計器は少ない。
WFと比べれば、驚くほど少ない。
「計器が……少ない」
思わず口に出る。
クイーンは否定も肯定もしない。
「判断する余地が多い、ということよ」
サヤは息を呑む。
補助は少ない。
猶予も少ない。
誤魔化しがきかない。
撃つか、撃たないか。
追うか、切るか。
「ここでは、誰かに委ねられない」
クイーンの声は低い。
落ち着いている。
サヤの指先が、わずかに震えた。
「……私に、判断しろと?」
「ええ」
即答だった。
「あなたは、もう“指示を待つ席”にはいない」
喉が乾く。
怖い。
だが、逃げたいとは思わなかった。
「……分かりました」
自分の声に、自分で驚く。
クイーンは頷く。
「最初は教えるわ。でも」
語気が少し強くなる。
「決めるのは、あなた」
そして車両にエンジンがかかる。
振動がシートを通して背中に伝わる。
WFとは違う。
巨大な関節の重さではなく、地面を噛む履帯の振動。
「旋回、ゆっくり」
クイーンの指示。
サヤはレバーを倒す。
砲塔が重く動く。
ぎり、と機械音。
補助は最小限。
だからこそ、動きが素直だ。
「仰角、上げて」
レバーを引く。
砲身が空を向く。
広い。
暗い。
どこまでも広い。
「撃つのは簡単」
クイーンが言う。
「でも撃たない判断は、もっと難しい」
サヤは息を整える。
引き金に指をかける。
だが撃たない。
今は訓練。
だが本番は、突然来る。
「目で見る」
「耳で聞く」
「違和感を拾う」
クイーンの声が続く。
「数値は参考」
「最後は、人間」
サヤの胸が高鳴る。
責任。
それを渡されている。
「怖い?」
再び問われる。
「……はい」
「それでいい」
クイーンは言う。
「怖くなくなったら、席を降りなさい」
サヤは強く頷いた。
***
一方その頃。
ハンガー別区画。
「これ、フォックス殿用ですね」
「弾数制限あります!」
「反動、相当きますよ!」
整備班が慌ただしい。
フォックスは装備された対空兵器を見て一言漏らす。
「……重いな」
「当たり前です」
ミナミが即答する。
「撃てば責任も重い」
フォックスは小さく笑う。
「言うじゃねぇか」
そして対空車両を見る。
サヤがそこに座っている。
「なるほどな」
クイーンの意図。
技術ではない。
成績でもない。
判断を引き受ける覚悟。
それを座らせた。
「戻れねぇ席だ」
小さく呟く。
だが止めない。
今ここで……止める理由がない。
***
夜がさらに深まる。
レーダーが回る。
空は静かだ。
だが完全な静寂ではない。
「微反応」
オペレーターの声。
サヤの心拍が上がる。
点が一つ。
速度は遅い。
高度は低い。
「ドローンか」
フォックスが呟く。
クイーンの声が飛ぶ。
「追尾」
「撃つな」
サヤは引き金にかけた指を止める。
追う。
照準を合わせる。
撃てる。
だが撃たない。
数秒。
点は消える。
偵察。
試し。
様子見。
「よく我慢した」
クイーンが言う。
サヤは深く息を吐いた。
撃たなかった。
それも判断。
座らされる席。
だが今は、自分の席。
前線基地は静かに耐える。
時間を繋ぐ。
そのための席。
サヤは空を睨む。
もう、指示を待つだけの人間ではない。




