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機体が無い理由

 クイーンに最初に確認されたのは――


 “ここに無いもの”だった。


 前線基地のハンガーに並ぶ機体を、クイーンは静かに見渡す。


 クイーン機は、ない。

 サヤ機も、ない。

 フォックス機は、陸戦仕様から改装中。


 並んでいるのは、作業用ワーカーが数機と、即席で組まれた対空装備だけ。


 作業用ワーカー。


 装甲は薄い。

 推進力も戦闘用には到底及ばない。

 武装なんてあるわけがない。


 だが――

 それでも、動く。

 それが事実だった。


 発電機の低い唸りがハンガーに響く。


 急造の照明が、作業用ワーカーの外装を照らす。


 塗装は擦れている。

 補修跡も多い。


 元は土木用。

 瓦礫撤去や資材搬送のための機体。

 戦場の主役ではない。


 クイーンは、その一機の前で足を止めた。


「……作業用ワーカーね」


 手袋越しに、外装を軽く叩く。

 金属の軽い反響。

 戦闘機の重厚な音とは違う。


「ここに、20ミリ、あるわね」


 即席で取り付けられた砲架に目を向ける。


 簡易固定。

 反動吸収は最低限。


「これでいいわ」


 一瞬、空気が止まった。


「……は?」


 誰かの喉から、間の抜けた声が漏れる。


「何をする気ですか?」


 兵士の問いに、クイーンは振り返らずに答える。


「これで出るに決まってるでしょ」


 当たり前のように。


「危険です!」

「それ、元は土木用ですよ!」

「対空に使う前提じゃ――」


 整備員達の制止の声が重なる。


 だが、クイーンは一歩も引かない。


「だから何?」


 静かな一言。

 怒鳴らない。

 だが否定も許さない声。


「今、制空を切らしたらどうなるか……わかるわよね?」


 誰も答えられない。

 補給線は断たれる。

 後続は降りられない。

 基地は孤立する。

 沈黙が答えだった。


 フォックスが頭を掻く。


「……どうなっても知らねーぞ」


 半ば、呆れと諦め。


「本気で言ってるなら」


 クイーンの目を見据えて。


「俺は止めない」


 クイーンがちらりと横を見る。


「ふふっ、止めないってことは」


 軽くウインク。


「問題ないわね」


「理屈としてはな……」


 フォックスは肩をすくめる。


「結果は保証しないぞ」


「それで十分よ」


 クイーンは操縦席を覗き込む。


 作業用ワーカー……。

 

 軽い。

 余計な補正がない。

 戦闘用補助制御も、過剰な安定化もない。


 その代わり――


 装甲もない。

 被弾すれば終わる。


 それでも。

 クイーンは迷わず乗り込んだ。


 ステップを使わず、軽く操縦席へ飛び乗る。

 ハンガー内を数歩、歩かせる。

 軽い駆動音。

 素直な応答。


「……動きも軽くて、いいわね」


 元の位置へ戻り、停止。


 操縦席から飛び降りる。

 そしてミナミを鋭く見つめる。


「最低限戦えるまでとして、どこまで仕上げられる?」


 ミナミの目が一瞬だけ細くなる。


 即座に思考へ入る。


「戦闘用としては考えられていない機体ですが……」


 タブレットを操作。


「制御系は問題ありません」


「反動制御は簡易になりますが、20ミリなら許容範囲で仕上げられます」


 クイーンは満足げに頷く。


「撃てればあとは自分で補正すれば良いし……それでお願いします」


 ミナミは大声で号令を発する。

 

「空いている人なんて居ないのわかってるけど、クイーン機組みたい奴!こっちに集まって!」


 その一言で、現地整備班が一斉に動いた。


「クイーン機だって!」

「本部長が作業用ワーカーで?」

「責任重大だぞこれは」


「弾倉回せ!」

「姿勢補正最低限固定!」

「射角制限再設定!」

「リミッター外すなよ、段階解除だ!」


 急造。

 即席。

 だが迷いはない。

 ここにいる全員が理解している。


 無いなら作る。

 足りないなら補う。

 それが前線だ。



 作業用ワーカーの周囲で、工具音が立て続けに響く。

 砲架の固定ボルトが締め直される。

 即席の反動吸収パッドが取り付けられる。

 姿勢補正ソフトが書き換えられる。


 戦闘用ではない。

 だが“撃てる”状態へ近づいていく。


「本当にやる気か?」


 フォックスが隣に立つ。


「当然でしょう?」


 クイーンは振り向かない。


「派手な機体がなくても、空は睨める」


「睨むだけじゃ落ちねぇぞ」


「落とす必要はないわ」


 短い言葉。


「追い払えればいい」


 フォックスが目を細める。


 理解している。

 制空を完全に奪うのではない。

 切らさない。

 繋ぐ。

 それが目的。


 ミナミが声を上げる。


「姿勢補正、完了!」

「反動制御、最低限同期!」

「射角制限、再設定済み!」


 作業用ワーカーが軽く膝を曲げる。


 テスト動作。

 砲身がゆっくりと空を向く。


 軽い。

 戦闘用の重さとは違う。

 だが反応は速い。


 サヤは少し離れた場所から見つめていた。

 英雄の機体ではない。

 最強の装甲でもない。


 それでも。

 誰も止まらない。


「ねえ」


 クイーンがフォックスに言う。


「機体がない理由、分かる?」


「……さあな」


「“戦うため”じゃないからよ」


 一瞬、フォックスの目が細くなる。


「守るため……か」


「耐えるため」


「繋ぐため」


 クイーンは作業用ワーカーを指差す。


「派手な主役はいらない」


 空を指差して。


「今ここにあるもので、空を睨める存在がいればいい」


 フォックスは小さく笑う。


「相変わらず性格が悪い」


「今さら?」


 即答だった。


 整備班が最終確認に入る。


「弾倉装填!」

「姿勢固定、再確認!」

「誤射防止確認!」


 サヤは胸の奥で何かが動くのを感じた。

 強さは火力だけではない。

 覚悟と判断だ。


 作業用ワーカーが、ゆっくりと前へ出る。


 軽い駆動音。

 重装WFとは違う。

 だが、速い。


 余計な補正がない分、操縦者の癖がそのまま出る。

 クイーンは操縦席に再び乗り込む。


 モニターを確認。

 反応速度。

 出力限界。

 反動吸収率。


「悪くないわ」


 フォックスが腕を組む。


「一発でも被弾したら終わりだぞ」


「当たらなければ問題ない」


 迷いがない。


 サヤが思わず口を開く。


「本当に、それで……」


 クイーンは振り向く。


「怖い?」


 サヤは正直に頷く。


「……はい」


「それでいい」


 クイーンは柔らかく言う。


「怖さがあるなら、撃ち急がない」


 フォックスが小さく笑う。


「作業用ってのはな」


 目をワーカーへ向ける。


「一番、人間が出る機械だ」


 装甲に頼れない。

 補正に頼れない。

 だから、操縦者の判断がそのまま結果になる。


 サヤは想像の中の白いWFを見上げる。


 自分の機体。

 戦闘用。

 だが今はここにない。


 だからこそ分かる。

 機体がなくても、戦場は止まらない。



***



 夜が深まる。


 対空車両。

 作業用ワーカー。

 即席の布陣。


 完璧ではない。

 だが崩れてもいない。


 クイーンは作業用ワーカーの上から空を睨む。


「次が来るまで」


 低く呟く。


「時間を稼ぐ」


 フォックスが隣で肩を回す。


「無茶だ」


「知ってる」


 即答。


 サヤは一歩前へ出てクイーンの勇姿を目に焼き付ける。


 戦闘用WFではない。

 だが戦場に立っている。

 それが意味だ。


 ミナミが報告する。


「戦える状態です」


 クイーンが頷く。


「それで十分」


 機体がない理由は、不足ではない。

 選択だ。

 ここで戦うための選択。


 派手な勝利はいらない。

 必要なのは、空を切らさないこと。


 繋ぐこと。

 耐えること。


 前線基地は、また一つ時間を稼ごうとしていた。


 次が来るまで。


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