別便
WF第44話「別便」
対空能力が足りない。
その事実を、フォックスとサヤはようやく飲み込んだところだった。
嘆いても仕方がない。
無いものは無い。
あるもので戦うしかない。
そう自分を納得させかけた、その矢先だった。
前線基地の地面に、低い振動が伝わる。
最初は、誰も口にしなかった。
発電機の唸りか。
遠方の砲撃か。
だが、それは徐々に明確な“音”へと変わっていく。
空気を震わせる重低音。
「次が……来るな」
フォックスが空を見上げる。
サヤも同じ方向を見る。
雲の向こう。
まだ機影は見えない。
だが確実に、何かが近づいている。
数十秒後。
管制塔から短いアナウンスが流れる。
『別便、進入開始』
別便。
輸送機だ。
しかも一機ではない。
低空を切り裂くように、影が現れる。
二機。
三機。
フォックスは小さく舌打ちする。
「思ったより多いな」
基地の空気が、目に見えて変わった。
兵士たちの動きが早まる。
無駄な声が消える。
補給班が走る。
誘導灯が振られる。
対空砲がわずかに仰角を調整する。
警戒を緩めないまま、着陸準備。
輸送機が順に降下する。
ダウンウォッシュが砂塵を巻き上げる。
視界が一瞬、白く霞む。
重い着地。
ランプが開く。
最初に姿を現したのは――
装輪式の対空車両だった。
六輪。
旋回式砲塔。
簡易だが現実的な構成。
「……対空か」
フォックスが低く呟く。
続いて木箱と金属ケースが運び出される。
弾薬。
誘導部品。
簡易レーダー補助装置。
基地の兵士たちの目が変わる。
“足りない”を埋める物資。
「来たか」
フォックスが短く息を吐く。
だが、それで終わりではなかった。
最後の輸送機。
ランプの奥に、ひとつの人影。
長いコート。
迷いのない足取り。
静かに地面へ降り立つ。
その瞬間、基地の空気が一段階変わった。
――クイーン。
彼女はまっすぐフォックスへ向かって歩いてくる。
「えっ……」
一瞬、誰も声を出せなかった。
コートの裾が風を切る。
夜に近づきつつある空の下、その姿ははっきりと浮かび上がっていた。
クイーンは足を止めない。
まっすぐにフォックスへ向かう。
「なんとかするって」
いつも通りの調子で言う。
「言ったでしょう?」
フォックスは額を押さえた。
「……お前な」
呆れた声。
だが怒気はない。
「来るとは思ってたけどよ」
「だって、来ない理由がないもの」
即答だった。
その言葉に迷いは一切ない。
サヤは思わず一歩前に出ていた。
「クイーン様……いえ、本部長……!」
言葉が自然に出る。
尊敬と安堵が混ざった声。
整備班の若い兵士が、思わず拍手しそうになり、慌てて手を下ろす。
顔が緩んでいる。
隠しきれていない。
クイーンがここにいる。
それだけで、“置き去りにされていない”という感覚が生まれる。
だが当の本人は、感情を表に出さない。
視線はすでに基地全体を走っている。
対空車両。
弾薬の搬入状況。
レーダー塔。
WFの配置。
「数は……多くないわね」
淡々とした評価。
「でも、十分」
フォックスが眉をひそめる。
「十分?」
「目的は制圧じゃない」
クイーンは空を指差す。
「ここを“取り続ける”こと」
制空権。
完全に奪う必要はない。
だが、失ってはいけない。
「後続の別便を確実に下ろす」
「補給を前線へ繋ぐ」
「それができれば、この基地は持ちこたえられる」
周囲で息を呑む音がした。
理解したのだ。
ここが踏ん張りどころだと。
フォックスは腕を組む。
「派手な増援ってわけじゃねぇな」
「派手さは不要よ」
クイーンは即答する。
「判断が早くて、迷わなくて、連携が取れること」
視線がサヤへ向く。
サヤは背筋を伸ばした。
なぜ見られているのか、分かる。
機動力。
反応速度。
判断。
ここで求められるもの。
「……本当に、無茶しやがる」
フォックスがため息をつく。
「褒め言葉として受け取るわ」
クイーンは軽く笑った。
その笑顔が、場の緊張をほんのわずかに緩める。
だが同時に、引き締める。
基地の空気が一段階変わった。
希望が来たわけではない。
奇跡でもない。
だが――
判断する人間がここに来た。
流れを読む人間が、前線に立った。
それだけで、拠点の意味が変わる。
前線基地は、“ただの拠点”ではなくなった。
それは寧ろ、戦場の次の一手を打つ場所へと変わった。
対空車両が基地中央へと移動する。
六輪のタイヤがコンクリートを軋ませ、砲塔がゆっくりと旋回する。
即席とはいえ、戦場仕様だ。
車体側面には追加装甲。
上部には小型レーダー。
弾倉は半分ほど埋まっている。
「弾数は?」
クイーンが補給担当に尋ねる。
「通常想定の七割です」
「上出来ね」
即答。
数字だけで判断する。
感情を挟まない。
フォックスは対空車両を見上げながら言う。
「正直、焼け石に水かと思ってたが……」
「水は多い方がいいでしょう?」
クイーンはさらりと言う。
「火が小さいうちに叩くの」
サヤはそのやり取りを見つめる。
対空が足りない。
だがゼロではなくなった。
それだけで、空の見え方が変わる。
レーダー補助装置が設置される。
簡易アンテナが伸びる。
基地の既存レーダーとリンク。
モニターに表示が増える。
索敵範囲がわずかに広がる。
わずか。
だが確実な前進。
「敵航空戦力の推定は?」
クイーンが司令官に問う。
「小規模編隊が断続的に出現」
「大規模展開の兆候は?」
「まだ確認なし」
クイーンは頷く。
「なら、狙いは補給線の分断」
フォックスが鼻で笑う。
「分かりやすいな」
「分かりやすいほど厄介よ」
クイーンは空を見上げる。
「こちらが動く前提で、動いている」
サヤは息を飲む。
敵は待っている。
焦らせるために。
誤射を誘うために。
混乱を生むために。
「夜間は索敵強化」
「誤認識別優先」
「撃ち急がない」
クイーンの指示が短く飛ぶ。
兵士たちが即座に動く。
フォックスは小さく笑った。
「本部長殿は相変わらず忙しいな」
「現場は好きよ」
さらりと返す。
「判断は、近い方が正確になる」
サヤはその言葉を胸に刻む。
遠くで決めるのではない。
ここで決める。
空気を吸って。
音を聞いて。
目で見て。
フォックスがサヤを見る。
「分かったか?」
「……はい」
まだ完全ではない。
だが理解は始まっている。
戦場は火力だけではない。
判断の速さと、迷わなさだ。
対空車両が配置につく。
砲塔が空を向く。
基地の輪郭が、わずかに強くなった。
薄かった防御線に、一本、芯が通る。
夜が近づく。
空気がさらに張り詰める。
嵐はまだ来ていない。
だが、来る。
その予感だけが、確実にあった。
フォックスが小さく笑う。
「撃つなって言われる戦場も珍しい」
「撃つのは簡単」
クイーンは言う。
「止める方が難しい」
サヤは息を吸う。
その言葉は重い。
対空が足りない。
弾数も限られている。
だからこそ、一発が重い。
戦場という空気の重さが、サヤの胸にすーっと染み込んで行った。




