迎えの輸送機
今日という日が終わろうとする、その隙間を縫うように――
迎えの輸送機は到着した。
ハンガーの外で、低く唸る音。
次いで、重たい空気を押し分けるような下降。
「……垂直離着陸機ってのは、便利なもんだな」
フォックスは、降下してくる機体を見上げて感心した。
滑走路が要らない。
時間も、場所も選ばない。
――急ぐ時には、これ以上ない。
「整備、まだ万全じゃないんだ」
輸送機のパイロットが、ヘルメット越しに言う。
「こっちも詳しい内容は聞かされてません。
だが搬入でき次第、さっさと出たい」
フォックスは所属記号を見て、唖然とした。
「この記号、えらい所から飛んできたんだな。」
しょうがないよ、軍人だからな。
「ちなみに、俺は寝てないんだが、
こいつも居るからな」
輸送機の操縦席を、親指で示す。
転がってる一人が寝息を立てていた。
「帰りはあっちが離陸から担当する。」
「交代で飛んでくるのか?」
「一応、オートパイロットはありますが」
パイロットは即答した。
「気流の変化とか、バードストライクは人間の判断が要ります」
「……そういうもんだな、
パイロットってのは」
フォックスは、小さく笑う。
それ以上の雑談は、なかった。
「だからまあ」
パイロットは、タブレットを確認する。
「早いところ準備を」
「載せるのはWFと、付帯装備一式」
画面をスクロールしながら続ける。
「あと、整備数名……って書いてあるな」
タブレットの画面を拡大して。
「ミナミって人、どの人だ?」
「私です」
ミナミが即答した。
「数人、見繕ってくれ、さっさと出たい」
「分かりました」
ミナミは、整備班の方へ小走りで向かう。
その背中を見送りながら、
フォックスは気づいた。
――空気が、違う。
整備班が集まると同時に、
何人もの手が上がった。
「行けます」
「現地対応、経験あります」
「自分も」
志願。
熱。
ミナミは、一瞬言葉に詰まった。
その空気を――
フォックスが切った。
「おいおい……お前ら」
低い声。
怒鳴ってはいない。
だが、全員が止まった。
「どこに行くか、分かってるのか?」
誰も答えない。
「戦場だぞ、前線だぞ」
一歩、前に出る。
「ちゃんとしたハンガーがあると思うな」
「工具も、電源も、クレーンも」
「全部揃ってると思うな」
矢継ぎ早に捲し立てる。
整備班の表情が、わずかに変わる。
「下手したらな」
床を指さす。
「地面にビニールシート引いて、
その上で整備だ」
大袈裟なゼスチャーで。
「雨も降る」
「砂も入る」
「撃たれたまま戻ってくる機体もある」
視線を、一人ひとりに向ける。
「それでも行くって言うなら、
“行きたい”じゃ足りねぇ」
静かに、だがはっきり。
「生きて帰る覚悟だ」
沈黙。
さっきまでの熱が、現実に冷やされる。
フォックスは、ミナミを見る。
わざと区切りながら、年を推すように伝える。
「お前が責任持って選べ」
「腕じゃない」
「残れるやつをだ」
「我慢できる」
「へこたれないやつをだ」
ミナミは、深く息を吸った。
「……了解しました」
名前が、静かに呼ばれていく。
呼ばれなかった者たちは、
悔しそうに唇を噛んだが、
誰も異を唱えなかった。
フォックスは、最後に言った。
「戦場に行く奴ら」
短く。
「英雄気分は、ここに置いていけ」
「帰ってくるのが仕事だ」
それだけだった。
ハンガーに残ったのは、
覚悟を背負った沈黙だった。
パイロットは、
再びタブレットに目を落とした。
「……ん?」
眉をひそめる。
「なんだ、これ」
画面に表示されている項目を、指でなぞる。
「“剣と鞘”を運搬?」
「剣なんてあるのか?」
フォックスに尋ねる。
「……WFのやつか?この剣と鞘」
フォックスの顔が、みるみる赤くなった。
「……クイーン」
低く唸る。
「やりやがったな、あいつ」
通信端末を掴んだ。
「ちょっと待て、
今から話つけてくる」
回線を開く。
「おい、クイーン、
回線、繋がってるだろ!」
『……また、あなたですか』
出たのは、オペレーターだった。
明らかに、面倒くさそうな声。
『本部長はお忙しいんです』
『今、対空車両をかき集めてますから』
「そりゃそうだが、
なんでまた?」
『よく分かりませんが』
『“二日でなんとかする”って』
「……二日、ね」
フォックスは、息を吐いた。
「大変だな、あいつも」
「わかった」
『分かっていただけました?』
フォックスは被せるように
「では、伝言を。
サヤは置いていく」
はっきりと言う。
「以上だ」
『ああー却下ですねー』
一瞬、思考が止まる。
「……なんで、あんたが答えるんだ?」
『そういう指示だけ、いただいてます』
『えっと、理由は知りません』
「ダメだ」
フォックスは即答した。
「決めたんだ、置いていくからな」
『ダメです』
「フォックス教官!」
背後から声が飛ぶ。
「今、通信中だ!」
振り返ると――
そこに、サヤが立っていた。
大きなバッグを肩にかけて。
「……早くしてください」
淡々とした声。
「出ますよ」
「何してるんだ、お前!」
「“お前”って言われた」
サヤは、わざとらしく肩を落とす。
「ショックです」
「そんな事じゃない!」
「じゃあ、何ですか?」
サヤは一歩近づく。
「私も行きます」
「……行く、って」
「リストに入ってました」
バッグを軽く叩く。
「“剣と鞘”」
フォックスは、頭を抱えた。
「意味、分からないだろ」
「分かりません」
サヤは即答する。
「だから、聞きました」
「輸送機のパイロットさんも言ってましたよ。
“聞き間違いだろう”って」
「あいつに限って、
そんなわけあるか……!」
フォックスは、天井を仰ぐ。
「……くそ」
低く、はっきりと。
「やりやがったな、クイーン」
輸送機のエンジン音が、低く響く。
時間は、待ってくれない。
冗談のようで、
冗談では済まされない。
この夜は、もう――
出撃前夜なのだから。




