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二足歩行型兵器――《WAR FRAME(ウォーフレーム)》 Q&F  作者: てきてき@tekiteki


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戦闘準備

 ハンガーの空気が、いつもと違っていた。


 忙しいのは、これまでと同じ。

 だが――音が違う。


 金属音が短い。

 指示が少ない。

 動きが速い。


 つまり、もう「試している段階」ではない。


「フォックス殿」


 ミナミの声は、落ち着いていた。

 だが、妙に張りがある。


「整備班一同――」


 一瞬、言葉を切る。


「“睡眠を取れ”という指示は、

 もう聞けませんから」


 フォックスは、ミナミを見た。


 目の下の隈。

 白衣の袖口についた油。

 何度も洗った跡のある手袋。


「……わかってる」


 短く、それだけ答えた。


 サヤは、そのやり取りを理解できずにいた。


「え……?」


 視線が、二人の間を行き来する。


「どういうことですか?」


 声が、少しだけ震える。


「皆さん、ずっと起きていて……」

「なのに、そんな――」


 フォックスは、サヤを見なかった。


 代わりに、作業台に置かれた機体部品を見る。


「これからはな」


 淡々とした声。


「クイーンが指導してくれる」


 そこで、ようやくサヤを見る。


「良かったな」


 一瞬、サヤの思考が止まる。


「……待ってください」


 言葉が、追いつかない。


「どういう、ことですか」

「教官……?」


 フォックスは、わずかに口を引き結んだ。


「すまん」


 それだけ言って、踵を返す。


「俺、ちょっと整備の所行ってくる」


 歩き出そうとした、その腕を――


「私も行きます」


 サヤが、反射的に掴んだ。


 フォックスは、足を止めた。


 振り返らずに言う。


「お前は、行くな」


「……どうしてですか」


「今やるべきことが、違う」


 サヤの手が、強くなる。


「でも、何が何だか……」


 声が、はっきりと揺れた。


「誰も、何も教えてくれないじゃないですか」


 フォックスは、ようやく振り返った。


 その目は、優しくもなく、厳しくもない。

 ただ――現実を知っている人の目だった。


「……わかった」


 一拍、息を吐く。


「少しだけだ」


「現実ってやつを、見るか」


 サヤは、息を呑んだ。


「早いかもしれんが」


 フォックスは、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「今のままじゃ、

 お前は“守られてる側”のままだ」


 サヤは、何も言えなかった。


「良いか」


 フォックスは、整備ハンガー全体を示す。


「ここにいる全員――」


「もう、

 “無事に終わる前提”で動いてない」


 工具を持つ整備員。

 タブレットを睨むミナミ。

 無言で部品を運ぶ人影。


 誰一人、余計な動きをしていない。


「これは訓練じゃない」

「準備だ」


 サヤの胸が、きゅっと縮む。


「……私」


 声が、細くなる。


「何をすれば……」


 フォックスは、少しだけ表情を緩めた。


「今はな」


 一歩、距離を取る。


「“見てろ”」


「わからないままでもいい」

「怖くてもいい」


 低く、はっきりと。


「目を逸らすな」


 サヤは、拳を握りしめた。


 何かが、確実に変わり始めている。


 昨日までの、

 “学ぶ時間”が終わろうとしている。


「……はい」


 絞り出すような声だった。


 フォックスは、それを聞いてから歩き出した。


 整備区画の奥へ。

 もう戻らないかもしれない場所へ。


 サヤは、その背中を見送る。


 追いかけなかった。


 今は、それが自分の役目だと――

 何となく、分かってしまったから。


 ハンガーの天井は高く、

 白い機体は静かに待っている。


 まだ、動いていない。


 だが。


 この場所はもう、

 昨日までの訓練場ではなかった。


 サヤは、初めて理解する。


 「準備」とは、別れの形なのだと。


サヤは、ハンガーの奥で足を止めた。


 見慣れないラックが、並んでいる。


 そこに収められていたのは――

 WF用の銃火器だった。


 模擬戦で使っていたものとは、明らかに違う。


 形状は似ている。

 サイズも、重量感も、想定の範囲内だ。


 だが。


 表面の金属が、光り方をしていなかった。


 鈍い。

 反射しない。

 磨かれていないのに、雑でもない。


 使われる前提で作られた色だ。


 隣には、実弾。


 装填用のケースが開かれ、

 一発一発が、整然と並んでいる。


 サヤは、思わず息を止めた。


 模擬弾とは違う。

 マーキングもない。

 安全確認用の派手な色もない。


 ただ――

 撃つためだけの形。


 指先が、わずかに震える。


 これが、

 “当たったら終わり”の重さ。


 これが、

 フォックスが言っていた「準備」。


 サヤは、はっきりと理解してしまった。


 ここから先は、

 練習ではない。


 改善でも、評価でもない。


 結果が、残る場所だ。


 背後で、金属が触れ合う音がする。


 整備員が、弾薬ケースを閉じた音。


 その音が、

 模擬戦の開始ブザーより、

 ずっと大きく聞こえた。



 ラックの前で立ち止まったままのサヤの背後で、

 ミナミがタブレットを操作していた。


「……フォックス殿」


 視線は画面のまま。


「一〇五ミリ、どうします」


 フォックスは、実弾の並びを一度だけ見てから答えた。


「せっかく持ってきたんだ」


 一切、迷いのない声。


「使うよ」


 ミナミは、何も言わずに頷く。


「では」


 指先が、タブレットを走る。


「これも、リストに追加します」


 画面に、新しい項目が増えた。


 武装構成。

 搭載制限。

 運用条件。


 次々と、淡々と。


「……上手くいけば」


 ミナミが、ほんの少しだけ言葉を選ぶ。


「一応、

 戦えるくらいには仕上がります」


 フォックスは、即座に返した。


「信用してる」


 短く。


「任せる」


 その一言で、ミナミの指が止まる。


 一瞬だけ、

 顔を上げる。


「……了解しました」


 再び、作業に戻る。


 フォックスは、周囲を見回してから続けた。


「物を運ぶ時は、言ってくれ」


「無理に手でやるな」


 ミナミが答える。


「ドローンも使います」


「大型だけじゃありません」


「繊細な部品用も、あります」


 弾薬ケース。

 電子部品。

 制御ユニット。


 どれも、扱いを間違えれば終わるものだ。


「……助かる」


 フォックスは、小さく言った。


 ミナミは、タブレットを閉じる前に一言添える。


「ご協力、感謝します」


 礼儀としては、正しい。

 だが、そこにあったのは形式ではない。


 同じ側に立つ者同士の確認だった。


 サヤは、そのやり取りを黙って見ていた。


 言葉は少ない。

 説明もない。


 だが――

 全員が、同じ前提で動いているのが分かる。


 「帰ってくる」ためではない。


 「向こうで戦う」ための準備。


 サヤは、初めて理解する。


 フォックスが、

 これ以上何も教えようとしない理由を。


 ここから先は、

 知識ではなく、

 覚悟の領域だ。


 ハンガーに響く音は、

 もう訓練用のものではなかった。


 現実の重さが、

 確実に、積み上がっていく。


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