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フォックス機改

 朝っぱらから、叩き起こされた。


『フォックス殿! 早く!』


 耳元で炸裂するミナミの声。


 通常の業務連絡とは明らかに違うテンション。

 半分怒鳴り声。半分興奮。


 フォックスは反射的に目を開く。


 天井が、まだ薄暗い。

 窓の外は、夜明け直前の青。


「……何だ?」


 寝起きの声は低い。


『今すぐハンガーへ! 説明は後です!』


 通信が、ぷつりと切れる。


 フォックスは上半身を起こし、額を押さえた。


 頭はまだ重い。

 だが、心拍数だけが先に上がる。


「……スクランブルってのは」


 ブーツに足を突っ込みながら、ぼやく。


「いつも、快適な朝をくれないもんだな」


 ジャケットを羽織る。

 ベルトを締める。

 無意識に、指先が戦闘用の順番で動く。


 廊下を走る。


 眠気が抜けきらない頭が、次第に切り替わる。


 足音が響く。

 蛍光灯が一本ずつ視界を流れていく。


 ――緊急か?


 ――敵襲か?


 だが、警報は鳴っていない。


 その違和感を抱えたまま、

 ハンガーの巨大扉が、ゆっくりと開く。


 光が差し込む。


 その瞬間、フォックスは立ち止まった。


「……なんだ」


 思わず声が漏れる。


「この色は」


 そこに立っていたのは、見慣れたシルエット。


 だが――


 真っ白だった。


 フォックスのWF。


 余計な影を作らないほど均一な白。


 煤もない。

 焦げ跡もない。

 補修の継ぎ目すら見えない。


 戦場の名残が、きれいに消えている。


「……俺の機体は」


 唖然としたまま、言う。


「こんな、清潔な色じゃなかった」


 以前は、国防色の鈍い塗装。

 補修のたびに微妙に色が違うパネル。

 焦げた縁。

 剥げた角。


 それが、フォックス機だった。


 だが今。


 白。


 まるで――


 初陣前の機体。


 ミナミが、タブレットを抱えて立っていた。


「おはようございます」


「おはようで済むか」


 フォックスは目を離せない。


「聞いてねぇぞ」


「言ってませんから」


「言え」


「“改”です」


 淡々とした返答。


「外装、全面更新」

「反射率調整済み」

「熱斑抑制塗装」

「センサー対応迷彩」

「赤外・紫外両域での残像低減」


 フォックスは一歩近づき、装甲に触れた。


 指先が滑る。


 塗膜は薄い。

 だが強い。


 冷たい。

 だが、拒絶感はない。


「……中身は?」


「あなたのままです」


 即答だった。


「メインフレームは維持」

「操縦系統の癖は補正せず保存」

「記録に残らない入力傾向は別ファイル化しました」


 フォックスは鼻で息を吐く。


「生まれ変わった、ってやつか」


「そうなりますね」


 白い機体は、静かに立っている。


 だが、そこに“軽さ”はない。


 ただ、無駄が削ぎ落とされている。


 その時、ふと気づいた。


 整備班の顔。


 目の下の隈。

 乾いた唇。

 集中しすぎて逆に空っぽになった目。


「……で」


 フォックスは、整備区画の方を見る。


「お前ら」


 一拍。


「寝てないな?」


 視線が、揃って逸れた。


「あー……大詰めでしたので」


「仮眠は……少々」


「徹夜ではないです。ほぼ」


 フォックスは静かに頷く。


「やっぱりな」


 白い機体を、もう一度見る。


 この仕上がり。


 徹夜でなければ、無理だ。


 そして、はっきり言った。


「今すぐ作業やめろ」


 空気が凍る。


「シャワー浴びて、寝ろ」


「交代要員呼べ」


「この状態で触る方が危ねぇ」


 ミナミが口を開こうとする。


 だがフォックスは続ける。


「急ぎだが、緊急じゃない」


「人が壊れたら、全部台無しだ」


 沈黙。


 白い機体だけが、そこにある。


 やがて、ミナミが頷いた。


「……了解です」


 整備班が、ばつが悪そうに頭を下げる。


「……すみません」


「謝るな」


 フォックスは装甲を軽く叩く。


「いい仕事だった」


「だから、ちゃんと生きて続けろ」


 その声は、命令ではない。


 願いでもない。


 当然のこととして言っている。


 整備班が散っていく。


 足取りは重いが、どこか安心している。


 フォックスは背中に向かって、少し声を張る。


「いい仕事したいならな」


「体調万全で、俺の機体を触ってくれ」


「はい!」


 返事が揃う。


 フォックスは、小さく付け足す。


「……整備不良のせいにしたくないからな」


「何か?」


 すぐ横から声がする。


 ミナミだった。


 思ったより近い。


「い、いや!」


 フォックスは一歩引く。


「なんでもない!」


 耳まで赤い。


 その瞬間。


「ちょっとー!」


 サヤの声が割り込んだ。


「近くないですかー! 顔が!」


 二人の間に割って入る。


「なに普通に至近距離で話してるんですか!」


「違う!」


「仕事の話だ!」


「仕事でその距離いります!?」


 ミナミは肩をすくめる。


「確認してただけよ」


「声が小さかったから」


「……ほら」


 サヤは疑わしそうに見上げる。


「本当ですか?」


「ええ」


 即答。


 フォックスは頭を抱える。


「もういい……」


 白い機体に向き直る。


「とにかく!」


「人が万全じゃない時は、動かさねぇ!」


 サヤは、少しむくれながらも頷く。


「……はい」


 ミナミはタブレットを閉じる。


「安心してください」


「この機体は、ちゃんと“人ごと”として扱います」


 フォックスは、白い機体を見上げた。


 白。


 戦場では目立つ色だ。


 だが、この白は違う。


 反射を抑え、

 熱を散らし、

 光を散乱させる。


 目立つためではない。


 “消えるための白”。


 過去は、消えたわけじゃない。


 塗り替えられただけだ。


 傷も、癖も、

 全部抱えたまま。


「……悪くない」


 ぽつりと呟く。


 フォックス機“改”。


 それは、新しくなった機体じゃない。


 人が壊れないように、

 もう一度組み直された戦場の相棒。


 初起動は、まだ先。


 だが。


 この白は――


 間違いなく、前に出るための色だった。

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