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フォックス機刷新 物の記憶

 一か月前に部品が届いてからというもの、

 ミナミと整備班は、文字通り休みなく動いていた。


 フォックス機のオーバーホール。

 それは、整備員にとって腕の見せどころであり、

 同時に泣き所でもある。


 記録が足りない。

 改修が場当たり的。

 現地での応急処置が、そのまま恒久仕様になっている。


「……固着してます」


 若い整備員が、レンチを外して言った。


「ボルト、回りません」


 ミナミは、手元のタブレットを確認しながら即答する。


「……フォックスに頼んで」


「えっ」


「いいから」


 数分後。

 フォックスは、問題の箇所を一目見ただけで言った。


「焼けてるな」


 それだけ言って、レンチを握る。

 力をかける。


 ――ギリ。


 嫌な音と共に、ボルトが回った。


「……外れました」


「ほらよ」


 フォックスは、レンチを返した。

 別の区画では、また声が上がる。


「オイルが……」


 整備員が、トレーを示す。


「スライム状に変質してます」


 ミナミは、顔色一つ変えずに言った。


「フォックスにお願いして」


「またですか……」


 呼ばれたフォックスは、それを見て頭を掻いた。


「あー……寒冷地でな」


「混ぜた」


「何を、ですか」


「色々」


 それ以上、誰も聞かなかった。

 さらに別の場所。


「……あの」


 控えめな声。


「フォックスさんが、ずっと後ろで見てるんですが」


 ミナミは、作業を止めずに言った。


「……どいてもらって」


「え?」


「邪魔」


 フォックスは、肩をすくめた。


「はいはい」


 そう言いながら、

 結局、二歩ほど下がっただけだった。


 外された部品は、次々とトレーに並べられていく。


 小型のステッピングモーター。

 規格落ち寸前の旧型。


 稼働部がすり減り、

 わずかな遊びが出たヒンジ。


 果ては――

 傷だらけのボルト一本。


 フォックスは、それらを見るたびに口を出した。


「……それ、まだ使えるぞ」


「使える、の定義が違うわ」


「現場じゃ――」


「“現場じゃ”は今は関係ない」


 フォックスは、ボルトを手に取る。


「これな」


「雪原で一回、命拾いしたやつだ」


「規定トルク?

 知らん」


 ミナミは、淡々と言った。


「捨てるわ」


「即断かよ」


「即断よ」


 フォックスは渋い顔をした。


「思い入れってもんがあるだろ」


「あるでしょうね」


「でも、刷新なの」


 整備が進むにつれ、

 外される部品の量は増えていく。


 フォックスは、ついに言った。


「……もう一台、作れるんじゃないか?」


 ミナミは、手を止めた。

 しばらく無言。


 そして、呆れたように口を開く。


「……あなた」


「もう一台作る気?」


「それ、いいな」


 その瞬間。


『それは冗談として』


 通信が割り込んだ。


 クイーンの声だった。


『予備機の必要性は、

 常に上層部に報告しているわ』


 淡々とした声。

 だが、何度も繰り返してきた疲労が滲んでいる。


『相当、重ねているのだけどね』


「……でしょうね」


 ミナミが小さく返す。


『それと』


『外した部品は、本部へ送ってちょうだい』


 整備員の一人が思わず言った。


「え?

 ガラクタですよ」


「ベアリング、ガタガタですし」


『だからよ』


 即答だった。


『研究開発部門が欲しがっているの』


「何に使うんですか?」


『“なぜ壊れなかったか”を調べるの』


 一瞬、沈黙。


『新品は、作れる』


『でも、生き残った部品は買えない』


「……承知しました」


『よろしく』


 通信が切れる。


 作業音が戻る。


 ミナミは、ケースに部品を収めながら言った。


「小型のステッピングモーター」


「すり減ったヒンジ」


「歪んだボルト一本まで」


「全部、送るわ」


 ふと、ミナミが質問する。


「……締め付けトルクは、いかほど?」


 フォックスは、言葉の代わりに手を出した。


 親指と人差し指をつまみ、

 手首を返す。


「こうやって」


 ――キュッ。


「……な」


 ミナミの眉が跳ねた。


「キュッとな、じゃないです」


「数値です」


「トルクレンチは?」


「……使ってねぇ」


 深い溜息。


「研究部門が欲しがる理由、

 よく分かりました」


 フォックスは、苦笑した。


「戦場じゃ、それで十分な時もある」


「だからこそ」


 ミナミは言った。


「今度は、“キュッと”を数値に落とす」


 ばらばらになった機体を前に、

 フォックスは少しだけ黙った。


「……無駄じゃなかった、ってことか」


「ええ」


「あなたの無茶も、癖も」


「全部、次に使われる」


 フォックスは、鼻で笑った。


「……なら、好きに捨ててくれ」


 視線を、自分の機体に戻す。


 壊すためじゃない。

 失うためでもない。


 次に進むための刷新。


 フォックス機は、

 静かに生まれ変わろうとしていた。


整備区画の一角で、

 ミナミはタブレットを閉じてフォックスを見た。


「そうだ、フォックス機の設定について」


 事務的だが、少しだけ探るような声。


「何か希望はありますか?」


「例えば――」


 指を折りながら挙げていく。


「戦闘継続力、装甲、火力、破壊力、重心、通信系……」


 フォックスは、即座に首を振った。


「ああ、そういうのはいいよ」


 一瞬、ミナミが目を瞬かせる。


「……では、方針は?」


「今までの通りで」


「ですが」


 ミナミは、慎重に言葉を選ぶ。


「これだけ部品が変わると、

 性能の変化は避けられません」


「いいよ、それで」


 迷いはなかった。


「はい……」


 一拍。


「それで良ければ、

 標準的な調整で進めます」


「頼む」


 フォックスは、機体を一瞥してから続けた。


「あとは――」


 軽く肩をすくめる。


「ご機嫌は、こっちで取るさ」


 ミナミの表情が、わずかに曇った。


 それを見て、フォックスはすぐに言葉を足す。


「ああ、勘違いしないでくれ」


「整備班の腕を信用してないわけじゃない」


「はい……そうですか」


 返事はしたが、まだ硬い。


 フォックスは、少し考えてから言った。


「生まれたばかりの赤ん坊にさ」


 ミナミを見る。


「まずは、ご挨拶をしたいのさ」


「最初から、

 あれこれ注文するのは――」

「後でも、遅くない」


 その瞬間、

 ミナミの顔が、ぱっと明るくなった。


「……なんか」


 少し照れたように。


「素敵ですね」


「良い考えだろ?」


 フォックスは、得意げでもなく、

 ただそう言った。


「二人の赤ちゃんが、

 どう動きますかね」


 ふと、声が割り込む。


「いつの間に、

 そんな関係になったんですか?」


 サヤだった。


「最近、仲がいいと思ったら」


「おいおい!」


 フォックスは、慌てて手を振る。


「WFの話に決まってるだろ!」


 ミナミは、

 まぁ何を慌てているんだか

 と言いたげな余裕の表情。


 サヤは、少しだけほっぺを膨らませると、

 話題を切り替えた。


「フォックス教官」


「はい?」


「ここの計器が、

 こういう場合の対処法を教えてください」


「どの計器?」


「あれですよ」


「……さすがに

 “あれこれ”じゃ分からないな」


「じゃあ」


 サヤは、にっこり笑って言った。


「こっち来てください」


 有無を言わさず、

 フォックスの腕を引っ張っていく。


「お、おい!」


 二人の背中を見送りながら、

 ミナミは、ふっと息を吐いた。


「あの子も……」


 口元が、自然と緩む。


「成長、著しいわね」


 次の瞬間。


「あー、そこ重要だから」


 表情が一変する。


「確認させて。

 そう、ダブルチェック必須よ」


 もう、いつもの整備主任の顔だった。


 刷新は、着実に進んでいた。

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