表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/64

「開封」

 ハンガーに、低い電子音が響いた。


 それは警告でも、起動でもない。

 ただ、「準備が整った」というだけの音。


 フォックスの端末が、短く震える。


「……来たか」


 通信を開くと、予想通りの声が流れ込んできた。


『フォックス』


「はいはい」


『予定通り、今日搬入です』


「了解」


『リボンも付けていないけど――

 受け取って』


「わかったよ」


 事務的なやり取り。

 いつも通りのはずだった。


『……ふふ』


 不意に、クイーンが小さく笑う。


『フォックス。

 あなたじゃないわ』


「……あ?」


『サヤさん。

 楽しみにしててね』


 フォックスは、思わず天井を仰いだ。


「俺は呼び捨てで、

 サヤは“さん付け”かよ……」


『あら?』


 クイーンの声が、わざとらしく首を傾げる。


『フォックスさん、どうしたの?

 拗ねた?』


「……やっぱりやめてくれ」


『なにを?』


「その呼び方」


 即答だった。


「裏があるように聞こえて、

 落ち着かない」


『でしょう?』


 クイーンは、あっさり言う。


『このままで行きましょう』


「……くそ」


 横で聞いていたサヤが、

 控えめに手を挙げた。


「……あの」


「ん?」


「呼び捨て……」


 一瞬、言葉を選んでから、

 柔らかく続ける。


「少し、羨ましいです」


「……は?」


「仲が良いのが、

 そのまま表に出ていて」


 サヤは微笑む。


「素敵だと思います」


 フォックスは、返す言葉を失った。


「……そうか?」


『そうらしいわよ』


 通信越しに、

 クイーンが楽しそうに言った。


『さぁ』


 一拍。


『開けましょうか』


 通信が切れる。


 直後、

 ハンガーの照明が一段階明るくなった。


 シャッターが、

 低く、重い音を立てて上がっていく。


 フォックスは、

 無意識に一歩、前に出ていた。


「……えっと」


 言葉が、途中で止まる。


「これって……」


 そこにあったのは――

 白い機体だった。


 装甲は、過剰な装飾を排した滑らかな曲面。

 光を受けて、淡く反射する。


 そして、頭部。


「……王冠」


 見覚えがありすぎる意匠。


 フォックスは、

 背部へと視線を走らせる。


「ロケットは……小振り、か」


 だが、

 配置思想が同じだと、すぐに分かった。


「90ミリ滑空砲は……」


 ハードポイントはある。

 だが、まだ空だ。


「取り付け前、か」


 フォックスは、

 ようやく一つの結論に辿り着いた。


「……これって」


 振り返らずに、言う。


「クイーンの機体だろ?」


 一拍。


『正確には』


 通信が、再び繋がる。


『その次期機種』


 サヤが、息を呑む。


『プロトタイプよ』


 フォックスは、

 思わず乾いた笑いを漏らした。


「……は?」


『これから、データ収集ね』


 淡々とした声。


『武装は、まだ完全じゃないわ』


『でも、順番に納入する』


『だから、

 ゆっくり待ってて』


「待てるか」


 即座に返す。


『整備班も、同時に入るわ』


「……整備班?」


 その瞬間だった。


 白いWFの背後、

 影になっていたエリアから――

 人影が動く。


 一人。

 二人。

 三人。


 作業着。

 工具。

 タブレット。


 全員、

 迷いのない足取りで前に出てくる。


「……おい」


 フォックスは、目を細めた。


「全員、女か?」


『ええ』


 クイーンの声に、

 一切のためらいはない。


『全員よ』


 ハンガーの空気が、

 はっきりと変わった。


 フォックスは、

 白い機体を見上げたまま、呟く。


「……本気で来たな」


 サヤは、

 何も言わなかった。


 ただ、

 その機体から目を離さなかった。


 ――見習い、という言葉は。

 もう、この場には存在しない。


 フォックスは、

 そのことをはっきりと理解した。




 白いWFの背後から現れた女性たちは、

 誰一人として周囲を見回さなかった。


 視線はまっすぐ。

 歩幅は揃いすぎず、だが乱れもしない。


 前線の兵士とも、研究室の技術者とも違う。

 現場を知っている人間の歩き方だった。


「……整備班、ね」


 フォックスは腕を組んだまま、低く呟く。


 一人が前に出る。

 年齢は三十前後だろうか。

 工具ベルトを腰に下げ、タブレットを片手に持っている。


「整備主任のミナミです」


 淡々とした声だった。


「以後、この機体の整備と調整を担当します」


 クイーンの声が、通信越しに被さる。


『サヤさん』


「は、はい」


『この人たちが、

 あなたの機体を一緒に育てるチームよ』


 サヤは、わずかに息を呑んだ。


「……私の」


『ええ』


 クイーンは、いつもの調子で言う。


『WFは、

 乗り手一人で完成するものじゃない』


『操縦者、整備、設計、データ解析』


『全員が噛み合って、

 やっと“一機”になる』


 整備主任――ミナミが、

 サヤに向かって一歩近づいた。


 近すぎない。

 遠すぎもしない。


「私たちは、

 あなたの癖を見ます」


 はっきりとした口調。


「どういう操作をするのか」

「どこで迷うのか」

「どこで無茶をするのか」


「それを見て、

 機体を直します」


 サヤは、少し考えてから言った。


「……私が、間違えたら?」


 ミナミは、即答しなかった。


 ほんの一拍。

 その間に、言葉を選ぶ。


「その時は」


 静かに、しかし明確に。


「壊れる前に止めます」


 フォックスは、思わず鼻で笑った。


「頼もしいな」


 ミナミは、フォックスを一瞥する。


「フォックスさん」


「ん?」


「あなたの機体も、

 似たことをしてきました」


「……ああ」


 フォックスは頷く。


「だから、

 生き残ってる」


 ミナミは、それ以上は言わなかった。


 別の整備員が、

 白いWFの脚部にしゃがみ込み、

 ハードポイントの確認を始めている。


「90ミリ滑空砲は、

 第三ロットで納入予定です」


 誰かが言う。


「推力制御の調整が、

 まだ終わっていません」


 別の声。


 専門用語が飛び交う。

 だが、空気は荒れていない。


 前線に送る準備をしている現場の音だ。


 サヤは、その様子をじっと見ていた。


 誰も、

 彼女を子ども扱いしない。


 だが同時に、

 無理もさせない。


 ちょうどいい距離。


 フォックスは、

 その立ち位置に気づいていた。


「……クイーン」


 通信に向かって言う。


「最初から、

 こうするつもりだったな」


『ええ』


 否定はない。


『“見習い”なんて言葉は、

 時間稼ぎよ』


『サヤさんが、

 自分の足で立つまでのね』


 フォックスは、深く息を吐いた。


「ずいぶん、

 手回しがいいじゃねぇか」


『当然でしょう』


 クイーンの声は、少しだけ柔らかい。


『この子は――

 預かりものじゃない』


『“戦力”よ』


 サヤは、その言葉を聞いて、

 小さく拳を握った。


 怖くないわけがない。


 だが、

 逃げたいとも思わなかった。


 フォックスは、

 その横顔を一度だけ見て、言った。


「……歓迎されてるみてぇだな」


「はい」


 サヤは、静かに答えた。


「そう、感じます」


 白いWFの周囲で、

 整備班が動き続ける。


 この機体は、

 もう“箱”じゃない。


 人が集まり始めた時点で、

 兵器はチームになる。


 フォックスは、

 そのことをよく知っていた。





「……中、見るか」


 フォックスがそう言うと、

 整備主任のミナミが小さく頷いた。


「どうぞ。

 まだ最終調整前ですが」


「十分だ」


 フォックスは一歩前に出て、

 白いWFの胸部装甲を見上げる。


 ゆっくりと、

 コックピットハッチが開いた。


 金属音は小さい。

 必要以上に主張しない設計だ。


「……」


 フォックスは、言葉を失った。


 狭い。


 だが、不快な狭さではない。


 無駄がない。

 体を預けるためだけの空間。


「……なるほど」


 思わず、そんな声が漏れる。


 シートは低め。

 腰の位置が、明らかに彼の機体とは違う。


「サヤさんの体格に合わせています」


 ミナミが説明する。


「肩幅。

 骨盤角。

 脚の長さ」


「……」


「操縦桿までの距離も、

 “力が入りすぎない”位置です」


 サヤは、息を殺して中を覗いていた。


 触れない。

 だが、逃さない。


 視線が、計器へ移る。


「……教官」


「なんだ」


「丸型が、多いですね」


「だろ」


 フォックスは頷く。


「数字で詰めさせない配置だ」


 サヤは、ゆっくりと首を傾げた。


「でも……

 教官の機体より、整理されています」


「当たり前だ」


 フォックスは鼻で笑う。


「あの人が、最初から設計に噛んでる」


 ミナミが、淡々と補足する。


「この機体は、

 “クイーンの操縦ログ”を元にしています」


 サヤの指先が、わずかに震えた。


「……ログ」


「はい」


「ロケット超速スライド時の、

 姿勢変化」


「照準遅延と、

 視線移動の関係」


「すべて、

 “生き残ったデータ”です」


 フォックスは、

 苦い顔で笑った。


「……あの人らしい」


 サヤは、計器配置を目でなぞる。


 そして、ぽつりと言った。


「クイーン様は……

 “迷わせない”んですね」


「……あ?」


「選択肢を、

 最初から削っている」


 サヤの言葉は、静かだが的確だった。


「人は、

 迷った瞬間に遅れます」


「だから、

 迷う前に、身体が動く配置」


 フォックスは、

 何も言えなかった。


 それは、

 自分が長年やってきたことと、

 本質的に同じだったからだ。


「……サヤ」


「はい」


「もう一回、言うが」


 一拍。


「これは、見習いの席じゃねぇ」


 サヤは、目を伏せなかった。


「分かっています」


 その声に、揺れはない。


「だから……」


 一瞬だけ、息を整えてから。


「座る時は、覚悟を決めます」


 ミナミが、

 そっと一歩下がった。


 それは、

 「次はあなたの番だ」という合図だった。


 フォックスは、

 白いコックピットを見つめながら思う。


 ――これは、機体じゃない。


 思想の器だ。


 そしてそれは、

 サヤを“試す”ためのものじゃない。


 一緒に行くための形だ。


 ハンガーの空気が、

 静かに張りつめていく。


 次にここに座る時、

 もう後戻りはできない。




「……じゃあ」


 整備主任のミナミが、静かに言った。


「ハーネス、装着に入ります」


 サヤは小さく頷いた。


「はい」


 フォックスは、一歩だけ距離を取る。

 ここから先は、教官の出番じゃない。


 整備班と搭乗者の時間だ。


 サヤがシートに腰を下ろす。

 動きは慎重で、教えられた通り。

 それでも、迷いはなかった。


「シート位置、確認」


「腰、前に三ミリ……そこで固定」


「ログ記録。

 シート初期位置、確定」


 肩からハーネスが降ろされる。


 カチリ。


 乾いた音が、ハンガーに響く。


「胸部ロック、確認」


「ロック確認」


「腹部、締結」


「締結完了」


 一工程ごとに、必ず声が重なる。

 確認と記録。

 記録と確認。


 サヤの呼吸が、ゆっくりと整っていく。


「苦しくありませんか?」


「大丈夫です」


「心拍、安定。

 呼吸、規定内」


 ミナミは、サヤの顔を一度だけ見た。


「無理は、ここまでです」


「はい」


「この先は――

 戻れません」


 サヤは、はっきり答えた。


「承知しています」


 フォックスは、無意識に拳を握っていた。


 ――震えてない。


 その直後、ミナミがもう一つだけ手を伸ばす。


「バイタル、接続します」


 サヤは小さく頷いた。


「はい」


 兵士用のウェアには、最初からセンサーが織り込まれている。


 心拍。

 呼吸。

 血中酸素。

 微細な筋緊張。


 戦場では、

 機体より先に壊れるのは人間だ。


 だから監視する。

 だから、残す。


「バイタルコネクタ、接続」


 軽い振動。

 違和感は、ほとんどない。


「リンク、確認」


 タブレットに数値が流れる。


「心拍、安定。

 緊張レベル、許容範囲」


「問題ありません」


 ミナミの声が、淡々と響いた。


 ――当たり前だ。


 問題があって、たまるか。


 俺の見ている前だぞ。


 そんな簡単に、

 崩れるような場面じゃない。


 少なくとも、

 ここまでは。


 計器類が、段階的に灯っていく。


「主電源、投入」


 低い唸り。


「補助電源、追従」


「油圧、立ち上がり確認」


 丸型の針が、ゆっくりと動く。


「ジャイロ、初期化」


 針が一度揺れ、止まる。


「姿勢制御、待機」


「スラスター、冷却開始」


 ログが、淡々と積み上がっていく。


「操縦桿、ニュートラル」


 サヤは、言われる前に手を添えていた。


「……触感、どうですか」


「軽いです」


「想定通り」


 フォックスが、低く口を挟む。


「……軽すぎると、怖くないか」


「怖さが出るのは」


 ミナミが即答した。


「判断が遅れた時です」


 フォックスは、それ以上言わなかった。


「視線誘導、確認」


 サヤの目が、自然に計器を追う。


「……見やすいです」


「でしょう」


 ミナミは、ほんの少しだけ笑った。


「迷わせない配置ですから」


 その時。


「……心拍、少し上がってきました」


 整備班の一人が、タブレットから目を上げる。


「サヤさん。

 緊張、していますか?」


 一瞬の間。


 サヤは、はっきりと首を振った。


「ううん」


 否定は即座だった。


「違います」


 ハーネスに固定されたまま、

 それでも声は弾んでいる。


「最高に、気持ちいいんです」


 整備班の手が、わずかに止まる。


「この機体に、

 こうして乗れていることが」


「緊張じゃありません」


 一拍。


「高揚です」


「心拍上昇、原因確認」


 ミナミが短く指示を出す。


「情動反応。

 問題なし」


「ログ、記録」


 フォックスは、思わず息を吐いた。


 ――そうか。


 怖がってるんじゃない。


 前に出たがってる。


 最後のチェック。


「各系統、スタンバイ」


「ログ、問題なし」


「外部接続、解除」


 ハーネスのテンションが、わずかに変わる。


 ミナミが、静かに告げた。


「サヤさん。

 あなたの機体です」


 一拍。


「起動シーケンス、移行」


 整備班全員の視線が、計器に集まる。


「カウント、入ります」


「三」


「二」


「一」


 そして――


「――READY」


 白いコックピットに、

 静かに文字が灯った。


 音はない。

 衝撃もない。


 ただ、

 生きているという気配だけがあった。


 サヤは、深く息を吸い、

 まっすぐ前を見る。


 ここから先は、

 もう“開封”じゃない。


 ――始動だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ