「準備中、という名の予告編」
本部への通信を開いたまま、
フォックスは椅子に深く腰を沈めた。
「そろそろ、なぁ……」
誰に言うでもなく、だが相手は決まっている。
「身体も勘も、このままじゃ鈍ってきちまうな。
一日一戦ずつでも、やっていければと思うが」
うっかり回線を取ってしまった本部の新人っぽいオペレーターは、
少しうんざりした態度で返す。
「またあなたですか。少しは軍人としての自覚をもったら......」
そして、聞き慣れた声が返ってきた。
「厄介な回線はすぐこっちへ回して。OK、ありがとう」
見慣れた制服姿が画面に映える。
クイーンは少し俯いて困った顔をする。
そしてその様子がまた、絵になる仕草だ。
「まだねー、
準備が整っていないのよ」
「……準備?なんの?」
フォックスは眉をひそめる。
「新型のWFって言ってたが、
一体どんなのを作ろうとしてるんだ?」
「この前の機体はかなりよかったのよ。
ただねぇ、あなたが壊しちゃったからね」
「おいおい!」
即座に声を上げる。
「人聞きが悪いぞ!」
「だって、事実でしょう?」
「そうだがな、言い方ってもんがあるだろ……」
そんなやり取りに、横から声が入った。
「どうしたんですか、フォックス教官?」
振り向けば、サヤがいた。
いつものように、きちんと姿勢を正して。
「あらら」
通信越しに、声が少し弾む。
「サヤさん。元気してた?」
「ハッ!クイーン様!」
「通信では、本部長と呼んでちょうだい」
「は、はい。本部長様!」
「……まぁ、いいわ」
クイーンは、あっさり流した。
サヤの顔をみて、俺は思い出したことを即、尋ねる。
「そういえばこの子、
パイロットの見習いなんだろう?」
「そうよ」
サヤより先に、クイーンが答える。
「見習い、ということにしてる」
「ん……なんだ、クイーン。
歯切れが悪いな?」
「まぁ、見習いということにしておかないとね」
また、俯き加減で答えている。
偉くなると、秘密が増えるもんだなぁ。
「みんなが可哀想だから」
フォックスはコーヒーを吹きかけ、
間一髪でモニター掃除を増やさないよう踏みとどまる。
「おいおい、可哀想って……それは、どういう意味だ?」
「まぁ、あと三日、待ってちょうだい」
クイーンの声が、少しだけ低くなった。
これは、仕事用ではない声だ。
「プレゼントが届くはずだから」
「おお!」
フォックスは思わず声を上げる。
「なんかくれるのか?」
「あなたの物じゃないわ、フォックス」
「なんだよ!」
即座に不満を漏らす。
「サヤさん」
クイーンは、はっきりとした声で彼女に向けた。
これは仕事用の声だ。
「いよいよくるわよ。
どう?気合いは足りてる?」
「はい!」
サヤは即答した。
「バッチリです」
「それで、彼の機体、確認した?」
「清掃させていただきました」
一瞬、空気が止まる。
「……清掃してたのか!?」
フォックスが声を上げる。
「整備の仕事じゃないのか、それ!」
「それはそれです」
サヤは、真面目な顔で言い切った。
「そして、これはこれです」
「そうだったのか......」
フォックスは、ばつが悪そうに指先で顎を掻く。
「あー、クイーン様の写真が飾ってありました」
通信の向こうで、
クイーンが小さく笑うのが見えた。
「おいおい、それは言っちゃいけないよサヤさん?
WFパイロットのお守りなんだからね」
「ふふふ......問題ないわ」
クイーンはなんとか、
笑いの中から声を絞り出した。
フォックスは、深くため息をつく。
「……まったく」
だが、ふと思い出したように言う。
「そうだ。なぁ、ちょいと聞きたいんだが」
「なに?」
「見習いなんだから、WFくらい見せてもいいんだよな?」
「良いわよ」
即答だった。
「……じゃあ」
一拍おいて続ける。
「WFに乗せても良いのかよ?」
「だめよ」
「なんで!?」
「見習いだから」
クイーンは、さらりと続ける。
「というか――
あなたのシートじゃ、合わないでしょ?」
「……あ?」
「体のサイズが違う」
フォックスは、サヤをちらりと見る。
小柄な体格。
細い肩。
脚の長さも、腰の位置も、まるで違う。
「ああ……」
納得せざるを得なかった。
「そりゃ、そうだが」
「見せるのはいい。触るのもいい」
クイーンは、はっきり言う。
「でも、
合わせていない席に座らせるのは危険」
その一言で、話は終わった。
サヤは、少しだけ残念そうに、
それでも納得したように頷く。
「……見学だけでも、十分勉強になります」
「そういうこと」
クイーンは満足そうだった。
クイーンは簡易的な敬礼を軽くしながら。
「順番は、守るのよ。じゃあね」
サヤは直立で敬礼しながら答える。
「はい、本部長様」
通信が切れる。
フォックスは、天井を仰ぐ。
「……だとさ」
「はい」
サヤは、落ち着いた声だった。
「フォックス教官のWFを、
見るだけで十分です」
「欲張らないやつだな。
誰かと一緒だ」
「欲張るのは、
準備が整ってからにします」
「ほう……見習いの台詞じゃねぇな」
フォックスは苦笑した。
キーワードが頭に残る。
・三日
・準備中
・プレゼント
・見習い、という言葉の裏にあるもの
どれも、嫌な予感しかしない。
だが同時に胸の奥で、
久しぶりに何かが動き出す感覚があった。
「いいさ、待ってやるよ」
かみしめるようにフォックスは、
もう一度静かに口に出す。
「そう、待ってやるよ、
三日くらいはな」
生活エリアに、静けさが戻る。
だがそれは、嵐の前の静けさだった。
その嵐がどの程度か、
この時には想像できていなかった。




