「居心地」
正直に言えば――
今、俺は居心地が悪い。
フォックスは、そう思っていた。
これまでの人生、
自由気ままにやってきた。
周りは野郎ばかり。
口は悪いが、手は早い。
危ない仕事も、冗談交じりで片づける。
退屈したことなんて、一度もなかった。
そして――
クイーンに救われた、この命。
その置き所に迷ったこともない。
使える場所で使う。
壊れるまで使う。
それでいい。
そう、思っていた。
なのに。
今は、サヤと一緒にいる。
……なんでだ?
俺が何か悪いことしたか......?
まぁ、思い当たる節は、
ないことはないさ。
だって軍人だからな。
命のやり取りは、嫌って程やったさ。
しかし、俺の人生にこういう
育ちが良さそうで、
規則正しくて、
妙に礼儀正しい子が、
一緒にいるってのは……。
どうなんだ......。
これって、
犯罪じゃないのか?
自分でも言っている意味が分からない。
分からないが、頭を離れない。
……いや、やめた。
考えるだけ無駄だ。
いつだったかわすれたが、
前にもそう思って、
一度、クイーンに進言したことがある。
もちろん、”サヤには内緒”、だ。
クイーンは物分かりがいい。
と、思ったのは最初だけだ。
「嫌なら、取り替える」
彼女の返事は、いつも即答だった。
「なら、すぐに取り替えてくれ」
俺も負けじと即答する。
「で、なにが嫌なの?」
さらに即答。
「何が嫌って、サヤが悪いわけじゃないぞ」
俺は、片っ端から理由を並べ立てた。
気ままな軍隊生活の良さから始まる。
そして現在の居心地の悪さ。
でも、サヤは悪くない。
教育への影響。
でもサヤはよくやってくれている。
それでもやっぱり、この年齢でこの生活。
なんなら、
ちょっと下世話な心配まで。
聞いてる側が、
途中で嫌になりそうな内容だ。
だが、 クイーンの返答は、
いつもと同じだった。
「却下」
「なんでだよ……」
無理とわかっていても食い下がってみる。
「あなたの進言には、生産性がありません」
そして、少し間を置いて。
「それから――、信じているから」
「いつも、ずるいな、お前は」
……それを言われると、
何も言えなかった。
本当にずるい女だ。
まだ、
「更迭だ!」とか。
「左遷だ!」とか。
「前線送りだ!」 とか。
そう言われた方が、
よっぽど楽かもしれない。
却下の理由がはっきりしている。
俺が素直に納得できるかどうかは別として。
でも、
「信じている」
なんて言葉は、反論のしようがない。
そして、サヤは今日も共用エリアにいる。
俺とクイーンが美化された映画シリーズ。
を楽しそうに見ている。
俺の役はさすが役者だ。
それはともかく、クイーン役は可愛そうだな。
どう考えても、本物には勝てない。
何も言わず、何も求めず、
ただ必要な時に、そこにいる。
……扱いに困る。
俺は、誰かを守るために生きてきたわけじゃない。
生き残るために、他を切り捨ててきただけだ。
なのにあいつがいると、
妙に背筋を伸ばしてしまう。
言葉を選んでしまう。
――影響、出てるじゃねぇか。
クイーンの言ったことが、
少しずつ分かってくるのが、また癪だった。
『信じている』、か。
誰を?
サヤをか?
俺をか?
……両方、なんだろうな。
俺は、深く息を吐いた。
「逃げ場はない」
だから――
せめて、壊さないようにする。
それくらいは、できるはずだ。
今の俺には。
――で。
結局、俺は聞いてしまった。
***
クイーンとのやり取りから数日後。
「なぁ、サヤ」
共用エリア。
夜でも昼でもない、あの曖昧な時間。
「俺と一緒にいて、どうだ?」
自分で言っておいて、
質問の出来が曖昧すぎて最悪だと思った。
サヤは一瞬きょとんとしたあと、
すぐに姿勢を正す。
「教官は、とても素晴らしいです」
「……俺、何もしてないぞ」
「今は、そういう、大事な時間なのだと思います」
即答だった。
「それに……今までのノート」
「あー、あれね……」
俺は頭をかいた。
「あのぉ、タブレット使うの、嫌いでな」
「ここにブリーフィング用モニターもありますよ?」
「いいんだ、これで」
俺は、備え付けの大型スクリーンには目を向けなかった。
「こういうものはな、
あまり大きい画面に貼り出すもんじゃない」
椅子に深く腰を沈め、
目を閉じる。
「こっそりノートを見て、
思い出の中でシミュレーションするくらいで、丁度いい」
暗闇の中で、
操縦桿の感触を思い出す。
ペダルの重さ。
モニターの配置。
計器の針が、どの角度で跳ねるか。
「……そういえば」
サヤが、静かに言った。
「フォックス教官の計器、
数字表示じゃないんですね」
「あー、あれか」
俺は鼻で笑う。
「一瞬で計算するのが、嫌なだけだ」
「計算、ですか?」
「いちいち数字が出てみろ」
おれは指で数えるふりを付け加え、
大げさに伝える。
「今数値がこれだから、
あと何分で数値これまで上げなきゃ、とか」
「あと何発でリロードしないと、
残り時間では間に合わない、とか」
「そんな計算、
戦場でしてられないさ」
サヤは、小さく頷いた。
「それに、大げさすぎるんだよ。
例えば、第二系統の油圧がな。
この部位のやつだが」
俺は右足首の部位を表しながら大げさに続ける。
「わざわざ赤く表示されてみろ。
こっちが、悪いことした気になる」
「……悪いこと?」
「そう」
目を開ける。
「壊したのは敵の攻撃じゃなくて、
”俺のせい”みたいな気がしてくるだろ?」
サヤは、少し考えてから言った。
「だから……
感覚で分かるように
アナログの指針を採用しているんですね」
「そういうことだ」
俺は肩をすくめた。
「まずは感覚でおおよそを判断する。
針がここだから、こんな感じ。」
更に続ける。
「細かい数字は後でいい。
全て終わって、それでも生き残っていた後でな」
しばらく、沈黙が落ちる。
居心地は――
相変わらず、悪い。
だが。
さっきよりは、
少しだけ、マシだった。
俺は思った。
クイーンが言った
「信じている」という言葉。
あれは、俺がサヤに教えることじゃない。
サヤが、俺に思い出させることなんだろう。
今まさに、そんな気がしていた。




