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「憧れの、その後」

  闘技場の全容については、説明を受けた。


 外から見れば、古代の遺跡を模した石造り。

 蔦が絡み、風化した彫刻が並び、

 いかにも「歴史がある場所」に見える。


 けれど――

 中に一歩入れば、その化けの皮はあっさり剥がれた。


 最新鋭のセンサー群。

 地下へと伸びる多層構造。

 観客の視線を誘導するための演出設備。


 そして何より、

 破壊される前提で設計された空間。


 見せ物としては、これ以上ないほど整っている。

 でも同時に、戦場として考えれば、

余りあるほど贅沢で、冷酷だった。


「――概ね、こんな感じね」


 クイーンがそう言って、空中に展開されていた施設図を畳んだ。

 闘技場、地下構造、観客動線、居住区。

 必要な情報は一通り揃っている。


「大体、わかったよ」


 フォックスは軽く息を吐く。


「生活するのには、不自由しなさそうだ」


「でしょう?」


「ただなぁ……」


 言葉が、そこで止まる。


 クイーンが首を傾げた。


「なに?」


「……女の子だろう? 戦場に」


 一瞬、空気が止まった。


 クイーンは、きょとんとした顔で瞬きをする。


「あたしも、女の子ですが」


「何言ってるんだよ、まさかねぇ……!」


 フォックスは思わず口を押さえた。

 今、何かとんでもなく、

余計なことを言いそうになった気がする。


「あら?」


 クイーンが、にっこりと微笑む。


「さっき、何を言おうとしたのかしら?」


 声は柔らかい。

 だが、逃げ場はない。


「大体、察しはつくんですけど?」


「……いやー」


 フォックスは視線を逸らした。


「そうだな。不思議じゃなかった」


 少し間を置いて、付け足す。


「女の子だってこと、今さら思い出したよ」


 クイーンは満足そうに頷いた。


「でしょう?」


 それで、この話題は終わりだった。


 ――やっぱり、この人は強い。



***




 サヤにもこの区域での情報は一通り説明されていた。 


 ただ、生活エリアについては、説明は簡潔だった。



 ......当然のように、

 フォックス教官と私の居住区は離されている。


 動線も違う。

 生活リズムも、意図的に重ならないよう調整されている。


 理解はできた。


 それでも――


 私はつい共用エリアに、

足が向いてしまっていた。


 お世話係、という役目を、

できる限り全うしたかった。


 何かあったら、すぐ対応できるように。

 無駄な手間を、少しでも減らせるように。


 だから、いつもの場所で待機する。


 フォックス教官が戻ってくる可能性が高い場所。

 コーヒーの香りが残る、共有スペース。


「……サヤ」


 何度目かで、

 フォックス教官に呼び止められた。


「自分の時間も、大切にしてくれ」


 その声は、

 叱るでもなく、

 突き放すでもなく。


 ただ、静かだった。


「……ご迷惑でしたか?」


「そういう意味じゃない」


 フォックス教官は、少し考えてから言った。


「お前は、ちゃんと休まないといけない側だ」


 私は、その意味を理解するのに、

少し時間がかかった。


 守られる立場。

 気遣われる側。


 それは、私がこれまで目指してきた、

「必要とされる人」とは、

少し違う位置だったから。


「……わかりました」


 そう答えてから、

 私は少しだけ、待機する時間を減らした。


 完全には、できなかったけれど。


 フォックス教官は、

 それ以上は何も言わなかった。


 ただ、

 飲み物が一つ多く用意されていたり、

食堂のメニューを何気なく確認していたり。


 言葉にしない気遣いが、

 いくつもあった。


 私は思った。


 この人は、

戦場で生き残ってきた人だ。


 でも同時に、

誰かを置いていかないように、

必死で踏みとどまっている人でもある。


 憧れの原点は、クイーン様だった。


 けれど今、すぐそばにいるこの人もまた、

簡単に割り切れない存在になりつつある。


 それが良いのか、悪いのか。

まだ、分からない。


 ただ一つ確かなのは――


 この場所で、

私はもう一人ではない、ということだった。


***


 フォックス教官のWFを、

 清掃と称して覗いたことがある。


 もちろん、本当に清掃もした。

 規定通りに。

 手順書通りに。


 でも――

 正直に言えば、勉強だった。


 コックピットに乗り込み、

 計器類を一つ一つ確認する。


 電源は「Stand By」状態。

 「Ready」ではない。


 だから、

 すべての計器が生きているわけではない。


 それでも、

 最初に思ったのは――

 旧式だ、ということだった。


 最近主流の、

 横長のデジタル表示は少ない。


 代わりに、

 丸型のアナログ計器が多い。


 そこで目に映るのは。

 針。

 目盛り。


 私に合わせた配置じゃない。

 だからか、微妙なズレを感じる。


 不親切に感じる。

 最新式と比べれば、間違いなく。


 でも。


 不思議と、

 見ていて落ち着いた。


 これはきっと、

 数字ではなく、

 感覚で伝えてくる配置だから。


 ……もしかしたら。


 そこに、

 教官の強さがあるのかもしれない。


 出発前に、

 クイーン様から言われた言葉を思い出す。


「大丈夫。フォックスは、良い人だから平気」


 簡単な言い方だった。


 でも。


 今なら分かる。


 あれは、

 安心させるための言葉じゃない。


 事実だ。


 まだここに来てからの日は浅い。

 付き合いも、もちろんそれなりに短い。


 それでも、

 すでに感じている。


 教官のそばには、

 変な緊張がない。


 気取らない。

 驕らない。


 いつも、一生懸命に見える。


 軽口を叩いて、 冗談で誤魔化している。


 でも――わかる。


 全部、本気だ。


 クイーン様のパートナーが、

 簡単に務まるわけがない。


 実績が、 おこぼれで上がることなんて、

 絶対にない。


 その本気を、

 こんなに近くで見ることができる。


 そんな機会は、

 きっと一生に一度もない。


 だから。


 私は、見ていたい。


 覚えていたい。


 そして――伝えたい。


 クイーン様に。


「はい。

 素晴らしい教官でした!って」


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