配属
相手がクイーンだったら、無理だったさ。
フォックスがそう呟いた直後、
闘技場の中央で、低い駆動音が鳴った。
床が割れ、巨大なスクリーンが地下からせり出してくる。
観客のざわめきが、まだ空気に残っている。
……嫌な予感は、だいたい当たる。
映し出された姿には、見覚えがないはずがなかった。
白を基調とした機体。
王冠のようなアンテナ。
そして、その前に立つ女。
――クイーン。
「受かると思ってたけど、やっぱり合格したわね」
「そうかい?
俺は、そうは思ってなかったけどな」
フォックスは肩をすくめる。
「で、なんだい。このバカでかくて、手のかかった催しものは」
「新規WF開発プロジェクトよ」
「……105ミリの意味は?」
「ここで、あんな相手と戦うなら、その方がいいでしょ」
「ジャングルじゃ、邪魔で仕方がなかったぜ」
「データ取りも仕事のうちよ」
「足も取られるしな」
「そう。
加重の分散も課題なの」
クイーンは一拍置いて続ける。
「そして、進む方向は――
“蜘蛛”かな」
「多脚式、か」
「そう」
「でもあれは、部品も重量も増えるぜ」
「メリットを生かすの」
「配備する部隊、派遣場所……そのためのデータ取り、ってわけか」
「ええ」
「それで、ドローンやゴリアテを?」
「あれはあれ。
あっちの研究者に頼まれただけよ」
「そうかい。まぁ、いいや」
クイーンは少しだけ声を緩めた。
「拗ねないでよ。一杯おごる」
「それは助かる」
「それと――」
一瞬、視線が伏せられる。
「聞きたいんだけど。
あたしの黒子の場所」
「ああー……適当に言ってみただけなんだが」
「そうなのね」
一拍。
「でも、本当にあるのよ」
「……おい」
「カメラに映すわ」
「おいおい!
そんな色っぽいことしないでくれ。
飛んで帰りたくなっちゃうよ」
「だめ」
即答だった。
「そこに、二年いてもらうから」
「えー!? 本気か?」
「本気」
「……一日、何戦だ?」
「五戦」
「休憩は?」
「考えておく」
「……そうなのか」
「それから」
話題が切り替わる。
「お世話係、兼・見習いパイロットを派遣したわ」
「それは助かるな」
「もうすぐ着くでしょう。
楽しみにしてて」
「はいよ」
通信が切れた。
しばらくして、ハンガーの扉が開く。
入ってきたのは、
身長がお世辞にも高いとは言えない、
短髪の黒髪の和風の女性だった。
カーキ色の軍服。
支給品だ。装飾はない。
女性らしいラインを完全に隠すほど無骨でもないが、
誇示する意図は感じられない。
「……慎ましいな」
フォックスは小さく呟いた。
無理をしていない。
前線向きのカットだ。
足元は、パイロットブーツ。
兵士用よりもソールが柔らかい。
だが沈みすぎず、床を確実につかむ。
グリップは抜群。
足音が軽い。
兵士用のブーツより、
ブービートラップを踏む確率が低い――
そういう設計だ。
服も、靴も、
生き残る前提で選ばれている。
「……おいおい。
可愛いのが来ちまった」
彼女はぴしっと姿勢を正した。
「剣サヤです」
「本名じゃないだろ」
「もちろん。本名ではありません。
コードネームです」
「正直だな」
「正直が基本ですので」
サヤは軽く咳払いをした。
「自己紹介をさせていただきます」
「どうぞ」
「身長、百五十三センチ」
「……数字で来るか」
「体重は……」
一瞬、視線が泳ぐ。
「恥ずかしいですが、四十キロです」
「そこ、言わなくてもよかったんじゃないか?」
「規定事項ですので」
胸を張る。
「血液型はO型。
好きなものは、白銀の騎士WFと、クイーン様です」
「……戦争が好き、って言われなくてよかったぜ」
「それは誤解を招きます」
即答だった。
「好きな食べ物は、納豆です」
「……納豆?」
「はい。本当です」
「この施設でも?」
「提供される運びになっていると聞いております」
「本気か……」
サヤは小脇のバインダーを持ち直し、読み上げる。
「豆腐。
味噌汁。
ひじき……」
「えらくヘルシーだな」
「理想的です」
「肉は?」
「卵が豊富に使えるそうで、
タンパク質はそれをメインに考えています」
「……酒は?」
「嗜む程度には」
口調が少し事務的になる。
「ただし、酩酊状態での対応手順の策定、対策も
試験項目に含まれています」
「試験?」
「はい」
「……その時は?」
「たっぷり」
「おおー、そうか」
「全身にバイタルモニターを装着した状態で、
心行くまで飲んでいただけます」
「……それ、美味いのか?」
「データ上は、問題ありません」
「データかよ」
フォックスは苦笑した。
「そういえば」
サヤが思い出したように言う。
「クイーン様から伝言です」
「嫌な予感がするな」
「『手出すなよ!』
びっくりマーク付きです」
「あー……それはログに残したくないやつだ。
俺も分かる」
「ですよね!」
「『よろしくお願いします! 教官!』」
「教官?
なにも教えてやれないぞ。
こんなだぜ、俺って」
「いえ! 戦績が素晴らしいです!」
「まぁ、クイーンと組めばな」
フォックスは軽く言った。
「あいつは、半分しか報告してない」
「え?」
「本当なら、三倍はいけるはずさ。
破壊していればな」
「三倍……!」
「そのせいで、
戦争を長引かせてる、なんて言いがかりをつけられて、
あの位置だ」
「なんと……」
「まぁ、愚痴ってもしょうがねぇ」
フォックスは息を吐いた。
「俺は、クイーンに拾ってもらった命を抱えて、
今まで戦ってきた」
サヤを見る。
「あいつが派遣すると決めたなら――
俺も、面倒を見る覚悟が必要だな」
それは大げさな誓いじゃない。
だが、軽口でもなかった。
配属は、始まった。




