偽物の歓声
休憩時間。
闘技場に広がるのは、奇妙な静けさだった。
正確に言えば、音はある。
歓声も、拍手も、音楽も、途切れることなく流れている。
だが、それらはどこか均一で、空気を震わせるだけで、肌に触れてこない。
観客は、すべて映像だ。
立体投影された無数の人影が、観客席を埋め尽くしている。
年齢も、性別も、服装もばらばらで、
表情は驚くほど作り込まれている。
にもかかわらず、
俺は最初の数秒で理解してしまった。
――ああ、これは「人間」じゃない。
どちらかを応援する様子もなく、
闘技場の中央では、試合とは無関係なショーが始まる。
チアリーディング。
鮮やかな衣装の集団が、正確すぎるタイミングで跳ね、回り、
人間離れした滞空時間で宙を舞う。
派手な技が決まるたび、
会場から歓声と拍手が湧き上がる。
……もちろん、全部が演出だ。
音響も、照明も、歓声の強弱も、
恐らくは計算済み。
どの角度から見ても「盛り上がっている」ように設計されている。
それでも――
不思議なことに。
「盛り上がっている」という空気だけは、確かに存在した。
身体が、勝手に反応する。
耳が音を拾い、目が動きを追い、
気づけば、俺自身もその場の一部になりかけている。
ショーの最後。
照明が落ち、中央に一人、立つ影が現れた。
独唱。
どうやら、どこぞの国家らしい。
旋律は重く、荘厳で、
意味を知らなければ、ただの儀式音楽だ。
だが、歌詞が――
頭の中で、自然と翻訳されてしまう。
派兵されるのが前提の部隊は、
現地の言語を、徹底的に叩き込まれる。
挨拶。
簡単な世間話。
敵意を和らげるための、最低限の言葉。
現地人を味方につける。
あるいは、敵に回さない。
それだけで、
戦場では生存率が跳ね上がる。
だからこそ、わかる。
この独唱は、
観客のためのものじゃない。
――ここは、誰の庭か。
そう告げるための歌だ。
視線を闘技場の中央へ戻した、その時。
観客席の一部が、騒がしい。
最初は、演出かと思った。
歓声が荒れ、拍手のリズムが乱れただけ。
よくある「盛り上げ」の一種だと。
だが、違う。
サポーター同士が、揉めている。
指を突きつけ、肩を押し、
ついには取っ組み合いにまで発展している。
……待て。
いつから、俺にサポーターなんて付いた?
こんな俺に。
応援されるような戦いを、
してきた覚えは、正直ない。
ざわめきは広がり、
映像の警備員が動き出す。
そして――
白い煙。
発煙騒ぎだ。
避難誘導の表示が点灯し、
警備員が数名のサポーターを取り囲む。
抵抗する仕草。
連行されていく様子。
やけに、リアルだ。
……いや。
リアルすぎる。
連れて行かれる姿を眺めながら、
俺は、どうでもいいことを考えてしまう。
――映像のサポーターを、
映像の監獄にでも入れるつもりか?
観客は偽物。
騒動も、恐らくは演出。
だが、
「秩序を乱した者を排除する」という流れだけは、
戦場と同じ匂いがした。
応援されても、
騒げば切られる。
盛り上がっても、
一線を越えれば排除される。
戦場も、闘技場も、
仕組みは同じだ。
そう理解した時、
さっきまで響いていた国家の旋律が、
急に遠く感じられた。
――休憩時間、か。
その言葉に、意味はないらしい。
ふと、手元に視線を落とす。
紅茶と、軽食。
それにしても――
これは、良い出来だ。
決してグルメじゃない俺にでも、はっきりわかる。
一級品だろうな。
香りは強すぎず、
口に含むと、静かに広がる。
昔のイギリスの戦車では、
エンジンの熱でお湯を沸かし、
紅茶を淹れたらしい。
戦場でも、
ああいう無駄を残していた国は、案外しぶとい。
……これが映像じゃなくて、助かったよ。
本当に、喉を潤す。
本当に、体に入っていく。
水分ってのも、大事だ。
生きてる証拠みたいなもんだからな。
カップを置いた瞬間、
闘技場の照明が、わずかに切り替わった。
休憩は、終わりらしい。
ここは戦場だ。
ただ――
今はまだ、撃ち合っていないだけで。




