補給作業
昔は、エンジンというものを信じていた。
燃やして、回して、動かす。
それが力で、それが命で、それが戦いだった。
燃料が燃え、回転が生まれ、振動が装甲を震わせる。
鈍く重たい音が機体の内部に反響し、熱が金属を伝ってじわじわと上がってくる。
鼻を刺す焦げた匂い。
耳の奥に残る、低く唸るような残響。
それらすべてが揃って、ようやく「動いている」と実感できた。
エンジンは正直だった。
燃料が減れば、応答は鈍る。
無理をさせれば、音が荒れる。
限界を超えれば、前触れもなく壊れる。
だから戦場では、弾より先に燃料を数えた。
撃てても、動けなければ意味がない。
動けなければ、遮蔽物にも辿り着けない。
逃げられなければ、包囲される。
包囲されれば、あとは時間の問題だ。
補給線が切れるという言葉は、
ほとんど「死刑宣告」と同じ重さを持っていた。
補給とは、生き延びるための祈りみたいなものだった。
祈りが届けば、もう一度戦える。
届かなければ、そこで終わる。
それが戦場の常識だった。
――今は、違う。
補給エリアに入ってから、しばらくが経つ。
装甲の外では、
補給ドローンの影が忙しなく行き交っている。
さすがに今まででは考えられないほど、補給は静かだった。
怒号もなければ、切羽詰まった声もない。
爆音と爆風が支配していた数分前とは、まるで別の場所だ。
弾は補充される。
装甲は応急処置を受け、
削れた部分には簡易補強材が当てられていく。
完璧ではない。
だが、「次に動く」ためには十分だ。
それでも――
燃料だけは、誰も触らない。
ホースは伸びてこない。
タンクを開く音もしない。
残量を確認する端末に視線を落とす者すらいない。
最初は、強烈な違和感があった。
何か致命的な工程を、
丸ごと飛ばしているような気がした。
昔なら考えられない。
燃料を確認せずに前線へ戻るなんて、
それだけで始末書ものだ。
下手をすれば、命の問題になる。
だが、その光景を何度も見て、
何度も同じ工程を繰り返すうちに、
その違和感は、ゆっくりと別の感覚に変わっていった。
――ああ。
そういうものなんだ。
理由は、拍子抜けするほど単純だった。
必要がない。
このWFに積まれているのは、
燃やして力を得るエンジンじゃない。
小型核融合炉。
爆縮式、パルス駆動。
太陽みたいに燃え続けるわけじゃない。
恒星のように、反応を維持し続ける設計でもない。
一瞬だけ、極端な圧力をかける。
一瞬だけ、反応させる。
そして、即座に止める。
反応は持続しない。
持続させないからこそ、制御できる。
その「一瞬」を、
何千回、何万回と積み重ねているだけだ。
外から見れば連続運転に見えるが、
実際には、細かく刻まれた瞬間の連なりにすぎない。
常に燃えているわけじゃない。
必要な時にだけ、反応している。
燃料は、米粒よりも小さい塊がほんの数グラム。
それで一年分の電力が出る。
戦場で気にするほど、減ることはない。
壊れなければ、止まらない。
だが、壊れた瞬間、
それはただの重い鉄の箱になる。
暴走はしない。
連鎖反応も起きない。
条件が揃わなければ、
そもそも反応そのものが始まらない。
だから軍は言う。
安全だ。
クリーンだ。
民生用だ、と。
……半分は本当だ。
だが、残りの半分が厄介だった。
危険なのは、出力じゃない。
爆縮を、寸分の狂いもなく制御する、
その技術そのものだ。
コックピットに座ると、
微かな振動が伝わってくる。
嫌な揺れじゃない。
むしろ、規則正しい。
異常ではないことは分かっている。
核融合炉が揺れているわけじゃない。
機体内部の駆動系が、
一定の示度を保ったまま、
確認のための動作を続けているだけだ。
本格稼働のためじゃない。
噛み合い、抵抗、応答。
それらを確かめるための、
ほんの細かい動き。
一つ一つは小さい。
だが、重なれば振動になる。
各機構は、それぞれ違う周期で動いている。
互いの周波数は揃っていない。
だから普段は、ただの微振動だ。
……だが、
たまに噛み合う。
共振すれば、
細かい動きでも、
それなりに存在感を持つ。
人間と同じだ。
全員と気が合うわけじゃない。
むしろ、合わない方が多い。
だが――
たまにいる。
理由は分からないが、
一緒にいると落ち着く相手。
この機体とは、
どうやら、そういう関係らしい。
燃料を補給しないのは、
怠慢でも、慢心でもない。
必要がないからだ。
この振動は、
「減っていない」証拠で、
「正常だ」という証拠でもある。
補給は、静かに進んでいた。
まず足元。
戦闘の名残として、
無数の薬莢が地面に散らばっている。
撃たれ、吐き出され、
役目を終えた金属片だ。
誰かが指示を出すわけでもなく、
それらが一つずつ拾い上げられていく。
無言で、淡々と。
まるで清掃作業みたいに。
踏めば滑る。
転べば死ぬ。
それだけの理由で、誰も文句は言わない。
金属が金属に触れる、乾いた音。
薬莢は回収ケースに放り込まれ、
溶かされ、
また次の弾として形を変える。
戦場じゃ、
感傷より再利用が優先される。
次に、左右の機関砲。
弾薬ベルトが詰め込まれたボックスが外され、
代わりに新しいものが差し込まれる。
持ち上げる動きで分かる。
これは満載だ。
ラッチが噛み合う、短い音。
確認はそれだけ。
試射はしない。
音を立てる意味がない。
補給とは、
派手なことをする作業じゃない。
次に動ける状態に戻す。
ただ、それだけの行為だ。
そして、その工程の中に、
燃料という項目は、
もう存在していなかった。




