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闘技場前

 闘技場の入場門は、重苦しい丸太を横一列に並べただけの、いかにも原始的な造りをしていた。

 表面は荒削りで、節だらけ。年月を感じさせる傷も多い。だが、こんな場所で「古びている=脆い」なんて思考は、命取りだ。


 芯は金属だろう。

 おそらくは高密度の合金。衝撃を吸収し、外見だけを木に見せかけている。

 試しに一発、装甲の先で叩き割ることもできる。

 だが、そんなことに意味はない。


 ここは闘技場だ。

 門の強度を確かめる場所じゃない。

 問題は、この向こう側で何が待っているか――それだけだ。


 燃料残量、神経伝達、センサー負荷。

 どれも余裕があるとは言い難い。

 無駄な行動は、後で必ずツケになって返ってくる。


 門は、まだ開かない。


 その沈黙を破ったのは、微かな気配だった。

 視界の端。

 低い位置で、何かが動いた。


 一羽の鳥が、こちらを見ている。

 体格は大きめ。脚は太く、翼は短い。

 ――飛べない鳥だ。


 確か、絶滅危惧種としてレッドデータブックに記録されていたはずだ。

 こんな場所に、いるはずがない。


 戦場では、銃や敵影だけが情報じゃない。

 ブリーフィングでは、地形や兵装と同じくらい、生態系の知識も叩き込まれる。

 なぜなら、生き物は環境の異変を、何よりも正確に示すからだ。


 この鳥は夜行性。

 本来なら、昼間は身を潜めている。

 天敵が動き回る時間帯に、わざわざ姿をさらす理由はない。


 ――つまり。


 寝床を追われた。

 人間が踏み込み、安心できる場所ではなくなった。


 視線を周囲に巡らせる。

 植物が、妙に整いすぎている。

 幹の太さに対して、葉が大きすぎる。

 自然の成長曲線から、わずかにズレている。


 偽装だ。

 景観を「それらしく」見せるための、作られた緑。

 ここは自然じゃない。

 巨大な舞台装置の一部だ。


 戦場では、四肢と五感が万全に機能する時間なんて、ほんの最初だけだ。

 泥に足を取られ、感覚が鈍る。

 凍傷寸前まで冷え切った足で、判断を誤る。

 毒虫の巣を踏み抜き、顔中を刺されて、腫れ上がった瞼の隙間から世界を見る。


 それでも、まだ「生きている」。

 それだけで、マシな部類だ。


 ……思い出したくもないが、もっと残酷な例はいくらでもある。


 さて。

 改めて、この鳥の存在だ。


 俺は、軽く息を吐いた。


「……案内役ってわけか」


 闘技場の主役たちは、正面の門など使わない。

 観衆に見せるのは、せり上がる瞬間だけ。

 それまでは、地下を通り、影のまま集められる。


 やがて舞台が持ち上がり、歓声が爆発する。

 勝者だけが、勝利の門をくぐる。

 敗者は、名前すら残らない。


「さぁて……地下への入り口はどっちだ? おチビちゃん」


 鳥の目が、かすかに光った。

 生き物の反射じゃない。

 人工的な、均一な点滅。


 次の瞬間、HUDに闘技場の概略図が展開された。

 ワイヤーフレーム表示。

 現在位置。

 そして、地下へ続く通路を示す赤い点。


 その横に、悪趣味な文字が浮かぶ。


 ――WELCOME。


「……嫌いじゃないぜ。こういう冗談」


 鳥は短く鳴き、歩き出した。

 ゆっくりと、しかし迷いなく。

 時折振り返り、俺が付いてきているかを確かめる。


 WFの足音が、鈍く地面に響く。

 地下へ続く通路は、ひどく静かだった。

 歓声も、音楽も、まだ届かない。


 だが、わかる。

 この静けさは、嵐の前だ。


 闘いの舞台に立つんだ。

 ――礼儀を忘れちゃいけない。


 俺は操縦桿を軽く握り直し、自己診断を走らせた。


 弾薬。

 エネルギー。

 電装系。

 油圧ライン。

 リザーブタンク。


 チェックは流れるように進む。

 ジャミングの影響は、今のところ機体制御には出ていない。


 ――後、三回は戦闘できるか?


 表示された数値を眺めながら、俺は鼻で笑った。


「……相手次第、だな」


 闘技場は、すでに俺を見ている。

 値踏みするように。

 楽しむように。


 さぁて。

 この先で待っているのは、拍手か、沈黙か。


 ――答えを知るのは、生き残った者だけだ。

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