軍服
古代から残る、闘うだけの場所。
いや――闘わせるための場所、か。
フォックスは、遺跡のデータを眺めながら鼻で笑った。
人を集め、囲い、逃げ場を塞ぎ、
あとは勝敗がつくまで見守るだけ。
随分と、性格の悪い建築思想だ。
見せ物にするため。
血と恐怖と歓声を、娯楽として消費するため。
闘技場とは、そういう場所だ。
「……闘技場、ね」
ならば、俺は何だ。
どの観客を喜ばせるための、グラディエーターだ?
返事はない。
沈黙。
「……後は、ついて来いって事か?」
否定も、肯定もない。
だが、選択肢が一つずつ削られていく感覚だけは、確かにあった。
「俺が行かないって言ったら、どうなるんだろうな?」
その瞬間だった。
HUDの画面が、唐突に切り替わる。
一瞬で分かる。
見覚えのある建物だ。
ズームイン。
――作戦本部。
作戦本部は、静かだった。
戦場と違って、ここには爆音も振動もない。
だが、張り詰めた空気の密度だけは、前線と何一つ変わらない。
壁面に並ぶのは、歴代の本部長の写真。
白黒からカラーへ。
服装も、表情も、時代ごとに違う。
だが共通しているのは、全員が“選ぶ側”の顔をしていることだった。
その下には、歴代WFのレプリカ。
実機よりかなり小さいが、構造は忠実だ。
装甲の厚み、関節の可動域、武装配置。
技術の進歩が、無言で並んでいる。
さらに奥。
憲章。
硬い言葉が並ぶ額縁の下には、各部隊のマーク。
獣、刃、翼、盾。
どれも「守る」と「壊す」を同時に意味している。
表彰状の数は、正直、少し引いた。
功績。
戦果。
生還率。
名前の横に並ぶ数字が、どれも重たい。
だが――
それらは全部、背景だ。
今、この部屋で生きているのは、オペレーターたちだ。
ヘッドセットをつけ、モニターを睨み、
矢継ぎ早に指示を飛ばす。
声は冷静。
言葉は短い。
迷いはない。
その横で、ほんの一瞬だけ、目を閉じる者。
歯を噛みしめる者。
誰かの名前を、ずっと呼んでいる顔。
中には、お気に入りのオペレーターもいる。
判断が速い。
無駄を言わない。
それでいて、どこか人間味が残っている。
そして――
部屋の中心。
そこに立つのが、彼女だ。
軍服を、モデルのように着こなす女。
コールドクイーン様、などと呼ばれる理由が、嫌でも分かる。
「……出来すぎだろ、この軍服」
フォックスは、映像を見つめながら、心の中で呟いた。
無駄がない。
線が綺麗すぎる。
気合いが入りすぎだ。
「なんで、こんなにぴっちりしてるんだ?」
本来なら、もっとゆったりした服だったらしい。
だが、この軍服は違う。
いざという時のため。
WF搭乗を前提に作られている。
無駄な布は、動作を邪魔する。
余裕を持たせた部分は、コックピット内で邪魔にしかならない。
元々、クイーンのシートは特注だ。
ホールド感が、異常なほど強い。
当然だ。
あいつは、超速をかます。
瞬間加速。
急制動。
方向転換。
尋常じゃないGがかかるに決まっている。
人間が耐える限界を、毎回、平然と越えてくる。
それでも彼女は、立っている。
背筋を伸ばし、顎を上げ、
必死にフォックスの名を呼びながら、
指示を出し続けている。
オペレーターに任せればいいものを。
相変わらず、熱心なことだ。
過去の英雄たちの写真の前で。
憲章と表彰状に囲まれて。
――だが。
フォックスは知っている。
この部屋で、一番“現役”なのは、彼女だ。
飾りじゃない。
象徴でもない。
今この瞬間も、
誰かの生死を、現実として引き受けている。
だからこそ、
あの軍服は、似合いすぎている。
似合ってしまうのが、
一番、厄介だ。
フォックスは、そう思った。
あの女は、
戦場のために作られたんじゃない。
戦場が、
あの女に合わせて形を変えてきただけだ。
――出来すぎだ。
本当に。
それでも。
それだからこそ。
フォックスは、あのクイーンの姿を、
一度だけ、信じてしまったのだ。
本部長。
いや――クイーン。
胸の奥が、微かに軋む。
映像の中の彼女は、必死にフォックスの名を呼んでいるのが分かった。
通信席から身を乗り出し、焦りを隠しきれていない。
時折、振り返って他の者たちに指示を飛ばす。
オペレーターに任せればいいものを。
「……相変わらず、熱心な事で」
らしいと言えば、らしい。
だが――
フォックスは、画面を凝視したまま、冷静だった。
「何が言いたい?」
これは脅しだ。
だが、あまりにも分かりやすい。
「……言いたいことは、これで合ってるか?」
返事はない。
「どうなっても、知らないぞ?」
HUDの中央に、
YES
の文字が、これでもかと強調されて表示される。
白、太字。
脈打つように、点灯と強調を繰り返す。
「……俺の事を、よく分かってるじゃないか」
フォックスは、静かに呟いた。
「だがな」
視線を、映像の中のクイーンへ戻す。
「左耳の下だ」
わずかに、首を傾ける。
「ホクロが、見当たらないな」
一瞬。
YES の文字が、微かに点滅した。
それで、十分だった。
「……って事で」
フォックスは、口の端を歪める。
「この映像は、フェイクだな」
次の瞬間、
HUD上の映像が、ガラスのように粉々に砕け散る。
破片はノイズとなり、瞬く間に消えた。
静寂。
「そういう事か……」
理解が、胸の奥に静かに落ちる。
人質じゃない。
直接的な脅迫でもない。
これは――試験だ。
どこまで見抜けるか。
どこで思考を止めるか。
誰を信じ、何を疑うか。
「……面白そうじゃねえか」
フォックスは、操縦桿を軽く握り直した。
相手は、何も言わない。
だが、その沈黙は、さっきまでとは違う。
次に来るのは、
きっと“想定外”。
フォックスは、進路を確定させた。
闘技場へ。
誰かを喜ばせるためじゃない。
見せ物になるためでもない。
――確かめるためだ。
自分が、
どこまで“人間”でいられるのかを。
WAR FRAMEの脚部が、低い音を立てて動き出す。
古代の闘技場へと続く道を、
フォックスは、迷いなく進んでいった。




