第七話:同志の眼差しと、創立者の崩壊
学院の演習場で、ヨウジが「えいっ」の一言で十トンの鉄塊を豆腐のように両断したあの瞬間。
戦慄したカーリーや混乱したオクボ教官の影に隠れ、拳を握りしめてその光景を焼き付けていた者がもう一人いた。
一年生の女子生徒、サクミである。
彼女もまた、この筋肉至上主義の世界において「呪われた体質」を持つ一人だった。
風が吹けばよろけ、重い魔導書を持てば手首をひねる。周囲のマッチョたちが「筋肉は裏切らない!」と叫ぶ中、彼女の筋肉だけは秒単位で彼女を裏切り続けていた。
「……すごかった。あんなに細いのに、あんなに強いなんて……」
サクミは、ヨウジが立ち去った後の演習場を見つめていた。
彼女にとってヨウジは、暗闇に差した一本の「マッチ棒(光)」だったのだ。
学校に到着したヨウジは、相変わらず壁に沿って、空気抵抗を最小限にする歩法で教室へと向かっていた。
すると、廊下の曲がり角で、自分と同じくらい「頼りないオーラ」を放つ少女が立ちはだかった。
「あの……! 3年生の、ヨウジ先輩……ですよね!?」
サクミだ。彼女の声は小さく、今にも消え入りそうだが、その瞳だけは異様にキラキラしている。
「……はい、そうですけど。誰ですか? 勧誘ならお断りしますよ。プロテインの試供品を配るなら、重いので床に置いておいてください。持つだけでカロリーが枯渇します」
「違います! 私、一年生のサクミと言います! 先輩の昨日の試験……見てました!」
ヨウジは内心「あ、また面倒なことになった」と、溜息すらエネルギーの無駄だと言わんばかりの無表情で彼女を見た。
「あの魔法……『えいっ』……あれはどうやって……。私にも、できますか? 私も先輩みたいに、筋肉に頼らずに……世界を見返したいんです!」
サクミが差し出したのは、彼女が大切に持っている「細い羽ペン」だった。昨日のヨウジの割り箸を真似たらしい。
ヨウジは彼女の細すぎる腕と、青白い顔色を観察する。
(……なるほど、こいつは本物だ。僕と同じく、プロテインを飲んだら消化器官がエネルギーを使い果たして気絶するタイプだ)
ヨウジは少しだけ親近感を覚えた。この「筋肉のバカ騒ぎ」の中で、静かに生き延びようとする同胞。
「いいですか、サクミさん。魔法とは『力』ではありません。『整理整頓』です」
「せいり……せいとん?」
「そうです。無駄な爆発音、無駄な光、無駄な決めポーズ……それらをすべて削ぎ落とし、最後に残った『最小の点』だけを相手の弱点に押し付ける。それが僕たちの生きる道です」
ヨウジはサクミの羽ペンの先端に、指をそっと触れた。
今朝のカレーうどんで摂取した糖質が、効率的に魔力へと変換される。
「これを『指先』だと思ってください。腕を振る必要はありません。ただ、世界に対して『ちょっとそこを退いてください』とお願いするだけでいい」
「何かしら、その不健康そうな密談は」
背後から、光り輝くレオタード姿のカーリーが現れた。
彼女はサクミをちらりと見て、鼻で笑う。
「ヨウジ、あなた……自分と同じような『もやし』を増やしてどうするつもり? 魔法学院は避難所じゃないのよ」
「失礼ですね。僕はただ、彼女に『効率』を説いただけです。サクミさん、やってみてください。あそこの廊下に飾ってある、学園創立者『アズーマ魔導師』のブロンズ像に向かって」
そこには、学院の誇りである伝説の魔導師アズーマの像が鎮座していた。
伝説によれば、アズーマは魔法で自分の大胸筋を巨大化させ、素手でドラゴンを絞め殺したという「脳筋の神」のような存在だ。像もまた、不自然なほど筋肉が強調されている。
「は、はい……! え、えいっ!」
サクミが羽ペンを突き出す。
気の抜けた、しかし心からの叫び。
その瞬間、羽ペンの先から放たれた極細の魔力光が、アズーマ像の「隆起した大胸筋」のど真ん中、すなわち構造上の重心を一突きした。
パシィィィィン……!
像は爆発することなく、しかし内部の分子結合を完全に遮断され、彫刻としての形を保てなくなった。
「……あ」
サクミが呟いた瞬間、伝説の創立者アズーマ(のブロンズ像)は、まるで砂時計の砂が落ちるようにサラサラと崩れ落ち、ただの金属の粉末へと化した。
「な……ッ!? 学院の象徴、アズーマ様の『究極の筋肉像』を……あんな、ため息みたいな一撃で!?」
絶句するカーリー。
「……できた。私、できた……!」
感動で震えるサクミだったが、次の瞬間、パタリと倒れ込んだ。
「あ、先輩……魔力が……一滴も残ってません……」
「サクミさん! ……まあ、そうなるよね。初弾は燃費が悪いから。すぐタブレットを食べて」
ヨウジは慣れた手つきで「ブドウ糖タブレット」を彼女の口に放り込んだ。
ヒョロガリ師弟の、筋肉帝国への静かなる逆襲。それは伝説の創立者を物理的に「粉砕(粉に)」するところから始まった。




