第四話:逃亡のヨウジと、残像魔法発動
「待ちなさいって言ってるでしょ! 私の挑戦を無視するなんて、筋肉(魔力)の誇りはないの!?」
レオタードの美少女、カーリーが鋭い踏み込みで距離を詰める。
彼女が地面を蹴るたび、超光沢の戦闘服が夕陽を反射して、まるで黄金の流星が校庭を跳ねているようだ。
対するヨウジは、今にも膝から崩れ落ちそうな足取りで、校門を目指していた。
「誇りなら……さっきの鉄塊と一緒に割って捨ててきました。今の僕にあるのは、家で待っている『昨日の残りのカレー』への執着心だけです……」
「そんな細い体でカレーなんて食べてるから身に付かないのよ! せめてプロテインを飲みなさい!」
カーリーが加速魔法による音速の右回し蹴りを繰り出す。空気が爆ぜ、レオタードが弾けるような音を立てる。
普通の生徒なら、その風圧だけで吹き飛ばされる一撃。
だが、ヨウジは戦わない。戦えば死ぬ(主に体力が)。
「……仕方ない。奥義……というか、ただの視覚情報のバグを利用した省エネ逃走術……」
ヨウジは、逃げる足を止めずに、肩越しに指先をパチンと鳴らした。
「ややっ(欺)」
「っ!? 何よこれ!?」
カーリーの目の前に、突如として「ガリガリのヨウジの残像」が数十人も出現した。
それはマッチョたちの分身魔法のような、魔力で肉体を作る贅沢なものではない。空気中の水蒸気の屈折率をわずかに変え、背景の景色を「ヨウジ型」に歪めただけの、現代科学で言うところの「ホログラム」だ。
「ややっ」「ややっ」「ややっ」
数十人のヨウジが、一斉に気の抜けた声でささやく。
しかも、その幻影たちは全員が「虚弱そうに胃を押さえている」という、絶妙に追いかけたくなるリアルな弱々しさを醸し出していた。
「ちょっ、どこが本物よ!? どいつもこいつも不健康そうな顔しちゃって!」
カーリーは混乱した。
彼女の音速の蹴りは、次々と「ややっ」と声を出すヨウジの幻影を空振る。手応えがない。まるで霧を蹴っているようだ。
「……本物は、もうあっちですよ」
どこからか聞こえた声に、カーリーがハッとして校門の方を見る。
そこには、幻影をデコイ(身代わり)にして、信じられないほど低い姿勢(空気抵抗を減らすため)で、全力でトボトボと走り去るヨウジの背中があった。
「あ、あんた……! 逃げるためだけに魔法を使うなんて、どこまで低燃費なのよ!!」
「……はぁ、はぁ……。これ、明日の朝まで……筋肉痛……確定だ……」
ヨウジは一度も振り返ることなく、夕闇の中に消えていった。
後に残されたのは、校庭で怒りの仁王立ちをするレオタード姿の美少女と、今だに空中でゆらゆらと揺れながら「ややっ」と呟き続ける、やる気のない幻影たちだけだった。




