第三話:窓際の狙撃手(?)と、震えるプロテイン
演習場の熱狂と沈黙を、校舎の三階から見下ろしている影があった。
「……信じられない。あんなの、物理学の冒涜だわ」
窓枠に肘をつき、驚愕に目を見開いているのは、特待生のカーリーだ。
彼女は、バルク(筋肉の塊)を至上とするこの学院において、「速度こそが最大の魔力」と信じる急進派。しなやかな細マッチョ系の身を包むのは、極限まで空気抵抗を排除し、筋繊維の収束を助ける超高光沢の魔導レオタードだ。
脚部の筋肉を常に最適な温度に保ち、筋肉の動作を邪魔しないその衣装は、彼女が動くたびに周囲の光を反射し、まるで流星のような残像を生み出す。
だが、そんな彼女の動体視力をもってしても、今のヨウジの攻撃は見えなかった。
「あの鉄塊が割れるまで、音も光もなく衝撃波すら起きていなかった。つまり、エネルギーのすべてが『貫通』にのみ費やされたってこと?」
この世界のマッチョ魔法は、その威力の半分近くを「ド派手な爆発音」と「無駄な光」として周囲に垂れ流す。それが強さの証明(演出)だからだ。
しかし、ヨウジの放った「えいっ」には、演出が一切なかった。
「無駄がない……あまりにも。あのヒョロガリ……。あんなに細い体で、どこにそれだけの制御回路を隠し持っているの?」
カーリーの頬が、少しだけ紅潮する。
それは恋ではなく、未知の技術に対する探求心。あるいは、圧倒的な速度に魅せられた同業者としての畏怖だった。
その頃、地上ではオクボ教官が混乱の極致にいた。
「ヨウジ……! 貴様、今の魔法、筋肉のどこをどう使った!? 上腕三頭筋か? それとも広背筋を極限まで収束させて……まさか、インナーマッスルだけで放ったというのか!?」
「……教官、鼻息で髪が乱れるので離れてください」
ヨウジは、顔を近づけてくるオクボ教官(上半身裸)の胸筋を、箸の残骸でそっと押し返した。
同時にガシッとヨウジの腕を掴んだオクボに戦慄が走る。
(な、なんだこの柔らかさは!? 筋肉の張りが一切ない……! まるで熟しすぎた桃のような……いや、これは違う。極限まで脱力することで、逆に外部からの衝撃をすべて無効化する、伝説の『全脱力魔導』なのか!?)
※いえ、ただ筋肉がないだけです。
窓際で、カーリーはバサリと長い髪をなびかせて背を向けた。
「面白いじゃない。筋肉量に頼らず、速度と収束だけで世界を獲ろうっていうのね。……でも、本当のスピードがどちらにあるか、私が教えてあげるわ」
彼女は手元のプロテインを飲み干すと、誰もいない廊下を猛スピードで駆け出した。その脚力は床にヒビを入れるほどだったが、脳裏にはさっきのヨウジの、気の抜けた声がこびりついて離れない。
(……「えいっ」……。ふん、馬鹿にしてるわ。でも、嫌いじゃない)
その日の放課後。
ヨウジが「ふぅ、指の関節が痛い。やっぱり一回一エネルギー(ワンショット・ワンキル)は燃費が悪いな……」とベンチで休んでいると、目の前に影が差した。
そこには、レオタードのような戦闘服に身を包んだカーリーが、挑発的な笑みを浮かべて立っていた。
「ねえ、そこのマッチ棒。あなたのその『えいっ』、私に通用するか試してみない?」
ヨウジは遠い目をして答えた。
「……すいません。もう今日の分のカロリー、使い切ったんで帰っていいですか?」




