第二話:エネルギー効率の極北――「筋肉」はもう古い
「いいか貴様ら! 魔法とは愛だ! 大胸筋への愛だ! 筋肉が唸れば、世界は動く!」
王立魔法学院の演習場。教官のオクボが、その分厚い胸板を太鼓のように叩き、咆哮する。
彼の名はオクボ。あまりの筋密度に、着用している制服はすでにボタンがすべて弾け飛び、実質的に裸にネクタイという公序良俗の限界に挑むスタイルだ。
今日の試験内容は、演習場中央に置かれた「十トンある魔導強化鉄塊」をどれだけ深く破壊できるか。
「ヌウウウンッ!!」
トップバッターのマッチョが、血管を浮き上がらせて叫ぶ。
放たれた巨大な拳型の魔法が鉄塊を直撃し、ドォォォォン!と大気を震わせた。鉄塊には見事な「拳の跡」がめり込んでいる。
「次! ヨウジ! お前は……まぁ、その細い指でも差して遊んでいろ。鉄塊に触れて指が粉砕されても、俺の広背筋は痛まないからな!」
周囲から、プロテインのシェイカーを振る音と共に下卑た笑い声が漏れる。オクボ教官も、鼻を鳴らすたびに鼻翼の筋肉をピクつかせている。
だが、ヨウジは静かだった。彼は脳内の「魔力計算機」をフル稼働させ、周囲のマッチョたちが無駄に垂れ流している熱エネルギーや、大気の振動をすべて「燃料」として再定義していた。
(……筋肉を膨らませる必要はない。この暑苦しいオクボ教官から発せられる無駄な熱気、これだけで十分だ……)
ヨウジは、懐から一本の「竹の割り箸」を取り出した。
「おい、あいつ箸持ってるぞ。弁当の時間か?」
「箸で十トンの鉄をどうにかするつもりかよ!」
野次が飛ぶ中、ヨウジは箸の先端に、針の先ほどの小さな光を灯す。
エネルギー源は、筋肉ではなく、周囲の熱を電気信号に変換し、それを電磁加速の原理で超高速射出する物理の力。
「……いきます」
ヨウジは、公園で落とし物を拾う時のような、あるいは庭の花に水をやる時のような、全く覇気のない動作で箸を突き出した。
「えいっ(穿)」
ポスッ、という気の抜けた音が響いた。
マッチョたちの「あたたた!」という爆音に比べれば、それはあまりに弱々しい羽虫の羽音。
「…………ぷっ、はははは! 『えいっ』だってよ! 今、こいつ『えいっ』て言ったぞ、オクボ教官!」
「かわいい魔法だな! 鉄塊に傷一つ付いてねえじゃねえか!」
オクボ教官も呆れたように、自慢の腹筋で笑いをこらえる。
「ヨウジ、お遊びは終わりだ。失せ――」
その時。
メキッ、という細い音が、笑い声を切り裂いた。
十トンの鉄塊。
ヨウジが箸で「つん」と突いたその一点から、髪の毛ほどの細い亀裂が、鉄塊の裏側まで一瞬で突き抜けたのだ。
直後、バキィィィィィィィィィィィィン!!という凄まじい金属音が響き渡る。
衝撃波も、爆風もない。ただ、十トンの鉄塊が、まるでカミソリで切られた豆腐のように、真っ二つに割れて崩れ落ちた。
「……あ、すいません。少し力を入れすぎました。割り箸、折れちゃった」
ヨウジは、先端が少し焦げた箸を悲しそうに見つめる。
彼が放ったのは、速度を極限まで高めた「魔力針」。筋肉の力に頼らず、相手の分子結合の隙間にエネルギーを流し込む、「超効率・超音速」の貫通魔法だった。
「…………な……ッ!? 破壊の音が、して、いない……だと……!?」
オクボ教官の表情が凍りつく。あまりの衝撃に、彼の自慢の上腕二頭筋がプルプルと震えていた。
静まり返る演習場。
プロテインを飲む手も止まり、マッチョたちは信じられないものを見る目で、その場に立ち尽くしていた。
「あ、次の人どうぞ。あたたた、頑張ってくださいね」
ヨウジは、反動で指が震えるのを隠しながら、涼しい顔で列に戻っていった。
この日、オクボ教官のノートには、震える手でこう記された。
『ヨウジの「えいっ」……未知の不可視振動破壊魔法。要警戒。』




