第十七話:錯覚の迷宮と、知識の聖域(シェルター)
「ここね!」
タノが鋭い声と共にドアを蹴破った――と、同時に。
「確保ぉっ!」
窓ガラスを粉砕し、鋼鉄薬物連邦のエージェントたちが室内に踊り込んだ。
……隣の部屋に。
一瞬、沈黙が支配する。
見つめ合うのは、凄まじい殺気を放つ監察官タノとカーリー、強化薬物で血管を浮き上がらせたエージェントたち。そして、その視線の先にいたのは、まさに下着姿でストレッチ中の女子生徒二人である。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「「・・・・・・」」
瞬間、
「「キャーーーー! おとこーーーー! クセモノよぉーーーー!!」」
女子寮への男性潜入。それは国家反逆罪すら生ぬるい、大罪である。
「なんですってぇぇーーーー!!」
地響きのような怒号と共に、寮母トモミが廊下の向こうから駆けてくる。その音を合図に、各部屋から寮生たちが飛び出してきた。
この学園に、毛布を被って震えるような軟弱な女子など存在しない。ある者はパジャマ姿のままバーベルシャフトにエネルギーを充填し、ある者は下着姿で破壊魔法の印を組む。
「「「実戦訓練よぉぉぉ!! 」」」
目の色を変えた女子軍団の波が、パニックに陥ったエージェントたちと監察官を飲み込んでいった。
一方、一つ隣の、静寂を保ったままの本物のサクミの部屋。
ヨウジはぬいぐるみの山に埋もれたまま、指を一本だけ立てていた。
「ヨウジさん、これは……?」
「サクミさん。これが錯覚魔法……『あれえ(誤認)』です」
部屋の座標認識を数メートルだけズラし、敵が勝手に「隣の部屋」を「目的の部屋」だと思い込むように誘導する術式。自分の手は汚さず、他人の暴力(寮生たちの迎撃)を利用して脅威を排除する、他力本願の極致。
「……ですが、ここも安住の地ではなくなってしまった。この騒ぎが収まる前に移動しないと、エネルギー効率が悪化する。次なる避難場所はないだろうか」
「いいところがあるわ」
カコが、ちんちくりんな胸を張ってニヤリと笑った。
「『図書館』よ! 筋肉で全てを解決しようとするこの学園に、本を読みに来る生徒なんて誰一人いないのよ!」
女子寮の玄関先では、タノの部下たちがオロオロと右往左往していた。
「監察官を助けないと!」「しかし、男子禁制の掟と待機命令が……! 」「だが、あの悲鳴は……!」
その混乱の真っ只中を、一台の備品用台車が横切っていく。
隠身魔法「いないいないばあ」で存在感を消したヨウジは、ぬいぐるみの山に擬態したまま台車の上で丸くなり、それをサクミとカコが平然とした顔で押していく。
「お先に、失礼しますぅ」
サクミの小さな呟きは、怒号と爆発音にかき消された。
監視の目を、文字通り「存在しないもの」として通り抜けたヒョロガリ一行は、学園の最果て、埃の積もった知識の墓場――図書館へと向かうのであった。




