第十六話:鉄の寮母と、迫り来る二つの影
聖マッスル女子寮の正面玄関。そこには、監察官タノの重力魔法すら跳ね返しそうな、圧倒的な「圧」を放つ壁が立ちはだかっていた。
「政府だろうがなんだろうが、ここは男子禁制です。一歩でも不浄な者が踏み込めば、この寮の地下に眠る『大胸筋石像』が目覚めることになりますよ」
仁王立ちで道を塞ぐのは、寮母のトモミ。
彼女はかつて全日本マッスル選手権を三連覇した伝説のボディビルダーであり、その広背筋は広げれば太陽を隠すとさえ言われている。
タノは忌々しそうに、背後に控える屈強な男性隊員たちを振り返った。
「……チッ。法執行の邪魔をすると? ですが、この寮内に国家反逆の疑いがある重要参考人が潜伏している可能性があるのよ」
「規則は規則です」
トモミの鋭い眼光に、タノは妥協案を提示した。
「……分かったわ。では、スタッフはここで待機させます。私一人なら良いわね? 同性同士だもの」
「……いいでしょう。ただし、備品を壊したら即退去ですよ」
タノは、隣でこっそり逃げ出そうとしていたカーリーの襟首を、鷲掴みにした。
「では任務を遂行させてもらうわ。カーリー、あなたも来なさい」
「え、ちょっと、なんで!? 私、もう潔白を証明したじゃない! そもそも私、あんな『もやし』が女子寮にいるなんて一言も……!」
「あなたの挙動不審な筋肉のピクつきが全てを物語っているわ。案内なさい。サクミという生徒の部屋はどこ?」
「ううっ……! なんでこんなことにぃ!」
一方、女子寮から数百メートル離れた時計塔の影。
鋼鉄薬物連邦の潜入員たちは、高性能の魔導双眼鏡を覗きながら、焦りを募らせていた。
「……まずいな。あの監察官に先に確保されては、我々の接触は無理になるぞ」
「ああ、本国からは『ヨウジの理論を奪取せよ、拒むなら抹殺せよ』との厳命が下っている。国家に管理されてしまえば、手が出せなくなる」
エージェントの一人が、懐から黒いアンプルを取り出した。中には、数分間だけ痛覚を麻痺させ、筋力を十倍に跳ね上げる禁断の強化薬が詰まっている。
「……プランBだ。監察官が部屋に到達する前に、我々が『裏ルート』から突入する。……ヨウジという男、我々の『薬物による進化』の生贄になってもらうぞ」
彼らの影が、女子寮の外壁を音もなく這い上がり始めた。
サクミの部屋。
ぬいぐるみに埋もれたヨウジが、ピクリと耳を動かした。
「……サクミさん、カコさん。……廊下から、ものすごく『機嫌の悪い足音』と、外壁から『薬品臭い殺気』が近づいてきている」
「えっ!? ど、どうしましょう、先輩!」
「……僕が逃げる隙を作ります。せっかく回復したカロリーをまた消費するけど仕方ない」




