第十一話:戦慄と恐怖の「もやし」
午後の演習場。昼食後の眠気と、プロテインの消化による熱気に包まれているはずの時間は、いつもとは異なる「異様な静寂」に支配されていた。
いつもなら、ヨウジが前に出るだけで「おい、あのもやし、また指でも差して遊ぶつもりか?」「風で折れるんじゃないぞ」と、シェイカーを振る音と共に下卑た笑い声が飛ぶのが日常だ。
だが、今は違う。
生徒たちの視線は、ヨウジではなく、演習場の片隅に鎮座していた「それ」に釘付けになっていた。
「おい……見ろよ、あの蟻塚」
「蟻塚っていうか、あれ、装甲材の塊だろ……」
マッチョ蟻たちが、ヨウジの廊下にこぼれた超高級プロテインを摂取して作り上げた「要塞」が、演習場の端まで侵食していた。コンクリートを筋力で圧縮して作られたその構造物は、金属光沢にも似た鈍い艶を放ち、プロテインの甘い香りと共に隠しきれない威圧感を放っている。
そして何より、生徒たちの顔を引きつらせているのは、午前中に起きた「創立者アズーマ像、謎の消滅事件」の噂だった。
「聞いたか……? アズーマ様の像、粉になったらしいぞ。現場には『えいっ』っていう、気の抜けた声だけが響いてたって……」
「馬鹿な、あんなヒョロガリに何ができる。……でも、オクボ教官がさっきからずっと、砂になった像の跡地で『これぞ真の脱力……!』って拝んでるんだ。マジだぜ」
ヨウジが定位置に立つと、隣にいた巨漢の生徒が、ビクゥッ!と肩を震わせて一歩距離を置いた。
「(ひ、ひぃっ……! 今、こいつ僕の胸筋を『指の配置の邪魔』だと思って見てなかったか!? 突かれたら消される……僕のバルクが砂にされるッ!)」
彼らにとって、ヨウジはもはや「笑いの対象」ではなく、「触れたものを分子レベルで解体する、未知の歩く兵器」へと昇格していたのだ。
そんな周囲の恐怖など露知らず、ヨウジは心底だるそうに、カコから渡された「新型の指サック」を弄んでいた。
「……はぁ。みんな、なんであんなに僕を凝視してるんだろう。視線の圧を感じるだけで、数カロリー消費しちゃうじゃないか」
ヨウジはエネルギー節約のため、極限までまぶたを下げ、幽霊のような虚脱状態でつぶやいた。
「……早く終わらせて、帰って寝たい。……いきますよ。……えいっ」
その瞬間、全生徒が「うわぁぁぁ!!」と叫びながら一斉に伏せた。
ただの指差し確認のような動作に、この世の終わりを見たかのような過剰反応。
ヨウジが指差した先。
演習用ターゲットの鉄塊には、昨日よりもさらに鋭く、さらに「細い」針の穴のような一撃が、反対側まで綺麗に突き抜けていた。
「……音が、しなかった」
誰かが震える声で呟いた。
破壊の音すら置き去りにする、究極の「効率」。
笑う者は一人もいない。ただ、カコだけが物陰から前髪を揺らしてニヤリと笑い、サクミが目を輝かせ、カーリーが「……やっぱり、あれは魔法じゃないわ」と戦慄に顔を青くしていた。




