第十話:間食の掟と、非筋肉派のティータイム
「……そろそろ時間ね」
カコが、ちんちくりんな背丈に合わせた小さな懐中時計を見つめ、前髪を揺らした。
「間食の時間か。……確かに、僕の血糖値も限界に近い」
ヨウジは人間工学に基づいた椅子から、断腸の思いで腰を上げた。
この魔法学院には、筋肉至上主義に基づいた独自の校則がある。その最たるものが、「一日に二回の義務的間食時間」だ。
筋肉の分解を防ぐため、血中のアミノ酸濃度を常に一定に保たなければならないマッチョたちにとって、三度の食事だけでは不十分。ゆえに、午前と午後に全生徒が食堂へ集い、タンパク質を「補給」することが義務付けられていた。
食堂の扉を開けると、そこは戦場だった。
「ぬふう」唸り声とともに、マッチョたちが山盛りの茹で鶏ささみや、どろりとしたプロテインシェイクを胃袋に叩き込んでいる。
「……いつ見ても地獄絵図ね」
カーリーは慣れた手つきで、自分用の「低脂肪・高タンパクゼリー」を手に取る。
一方で、ヨウジとサクミ、そしてカコの三人は、プロテインのカウンターを素通りし、一番奥の「菓子パンコーナー」へと向かった。
「……あった。本日の高カロリー爆弾、『揚げパン・シュガーMAX』」
ヨウジが震える手でそれを手に取る。
「先輩……見てください。こっちには『練乳たっぷりイチゴ大福』が。脳に……脳にダイレクトに効きそうです……!」
サクミも、昨日アズーマ像を粉砕した反動を癒やすべく、糖分の塊を見つめて目を輝かせている。
カコは踏み台代わりに食堂の椅子を引きずってくると、その上にちんちくりんな体をちょこんと乗せた。
彼女が白衣のポケットから取り出したのは、自作の「超高純度ブドウ糖シロップ」だ。
「いい? 筋肉を動かすためにタンパク質を摂るのは二流よ。私たちは、その筋肉を動かすための命令系(脳)を維持するために、純粋な炭水化物を摂取する……。これが科学的な『効率』よ」
カコは、ヨウジの揚げパンに怪しげなシロップを数滴垂らした。
「……カコさん、これ、劇物じゃないですよね?」
「ただの液糖よ。……さあ、食べなさい。次の実技試験までに、あなたのニューロンを爆速にする必要があるわ」
「おい、貴様ら……。何を食べている?」
背後から、食堂の気温を五度ほど上昇させるような、熱苦しい声が響いた。
振り返ると、そこにはプロテインのジョッキを片手に持ったオクボ教官が立っていた。
植え込みから自力で脱出したらしく、頭に数枚の葉っぱをつけたまま、その鋭い眼光がヨウジたちのトレイに向けられる。
「ヨウジ! サクミ! そして科学同好会のカコ! ……貴様らのトレイには、タンパク質が……ササミの一片すら乗っていないではないか!」
「……教官。僕らは今、脳のメンテナンス中なんです。邪魔しないでください」
ヨウジが揚げパンを頬張りながら、面倒そうに答える。
「馬鹿な! 間食は筋肉に捧げる儀式! 糖分など、筋肉を膨らませるための『呼び水』に過ぎん! そんな甘いものばかり食べていては、せっかくの『えいっ』の落差が、ただの『ガス欠』で終わるぞ!」
オクボは、一斗缶から直接汲み上げたようなドロドロのプロテインを、ヨウジの揚げパンにぶっかけようと手を伸ばした。
「……させません」
サクミが、口いっぱいにイチゴ大福を詰め込んだまま、手に持っていた「割り箸(予備)」をスッと突き出した。
「えいっ」
シュッ、という小さな風切り音。
サクミが放った最小限の衝撃波が、オクボ教官が持つプロテインジョッキの底だけをピンポイントで射抜いた。
「ぬぉっ!? 底が……底が抜けたぁぁぁ!」
オクボの足元に、超高級プロテインがぶちまけられる。
次の瞬間、食堂の床下から「カサカサカサッ!」という例の駆動音が響いた。
「……あ、マッチョ蟻たちが来たわね」
カコが冷たく告げると同時に、床の隙間から昨日よりもさらにバルクアップした蟻の軍団が現れ、オクボ教官の周囲を取り囲んでプロテインの奪い合いを始めた。
「待て! それは俺の……俺のアミノ酸だぁぁぁ!」
蟻たちに足場を奪われ、再びスライディングで食堂の向こう側へと流されていくオクボ教官。
「……ふぅ。ごちそうさまでした。サクミさん、ナイス『えいっ』です」
「はい……! でも先輩……おかわり……いいですか?」
ヒョロガリ一行は、狂乱の食堂を尻目に、優雅に午後のエネルギー補給を終えるのであった。




