第九話:地下の研究室(アジト)と、ちんちくりんの野望
オクボ教官の「筋肉昇天」の号泣を背に、ヨウジたちは地下備品倉庫――もとい、カコの秘密研究室へと滑り込んだ。
カコは白衣の裾を引きずるようにして歩く。
彼女は驚くほど小柄で、いわゆる「ちんちくりん」な体型だった。長い前髪で目が隠れているため、まるで動く白くて小さいキノコか何かが、一生懸命に案内しているようなシュールな光景だ。
「ここが筋肉という名の『非効率な重し』に支配されない、唯一の聖域」
カコが重い鉄扉を開けると、そこには魔法学院とは思えない異様な光景が広がっていた。
魔法の杖の代わりに試験管が並び、筋肉図解の代わりに物理法則の数式が壁一面に書き殴られている。
「あ、椅子……! 本当に人間工学に基づいた椅子だ……」
ヨウジは気絶したサクミを空いた机(実験用)に横たえると、吸い込まれるように椅子に沈み込んだ。
「ふぅ……。座る、という行為。これこそが全人類の到達すべき究極の省エネフォームですね」
「……感心している暇はないわ」
カコは踏み台(これがないと机に手が届かない)にひょいと飛び乗り、前髪の隙間から机の上の複雑な装置を覗き込んだ。
「ヨウジ、あなたの『えいっ(穿)』を見て確信したわ。あなたは魔力を『質量(筋肉)』ではなく、『情報』として扱っている。それは科学の……特に量子力学的なアプローチに極めて近いのよ」
「……はぁ。僕はただ、重いのが嫌なだけですけど」
「それがいいのよ! その怠惰こそが、人類を発展させる原動力なの!」
カコは、ちんちくりんな体を精一杯に伸ばして、一つのフラスコを取り出した。そこには、昨夜ヨウジのアパートの廊下に残っていたはずの、あの「黄金の超高級プロテイン」の粉末が、ほんの少しだけ入っていた。
「なっ……なんであんたがそれを持ってるのよ!」
驚くカーリーに、カコは鼻を鳴らした。
「今朝、オクボ教官が植え込みに突き刺さっている間にサンプルを回収したわ。……この粉末は、一国の予算に匹敵するエネルギー密度を持っている。でも、マッチョたちはこれを『食べる』という野蛮な方法でしか使えない。消化にエネルギーを使い、筋肉という非効率な熱源に変換して終わり……無知の極みね」
カコはスイッチを入れた。装置が低く唸り始める。
「私はこれを『遠心分離』し、筋肉への栄養成分を完全に除去。純粋な『魔力的熱量』だけを抽出することに成功したわ。……これを使えば、あなたの低燃費魔法を『燃費ゼロ』にまで持っていける」
「燃費……ゼロ……。つまり、もう指を動かす必要すらなくなると?」
「理論上はね。あなたの神経系とこの抽出液をリンクさせれば、『思っただけで相手を穿つ』ことが可能になるわ」
ヨウジの目が、かつてないほど輝いた。
「素晴らしい……。それなら、もう登校する必要すらなくなるかもしれない。家から一歩も出ずに、リモートで実技試験を受けられる……」
「……あんたたち、どんどん魔法使いからかけ離れてるわよ」
レオタード姿で腕組みをするカーリーが呆れ顔で突っ込むが、カコとヨウジはすでに、筋肉王国の秩序を「科学的効率」で物理的にハッキングする共犯者の目になっていた。
その時、机の上で寝ていたサクミが「うう……」と目を覚ます。
「あ……先輩……。ここ、どこですか? 筋肉の……匂いがしません……」
「サクミ、いいところに起きたわね」
カコは踏み台の上で、ちんちくりんな胸を張った。
「今日からここは、『アンチ・マッスル科学魔導研究所』よ。私たちの力で、あの暑苦しい筋肉ダルマたちを……論理の力で『わからせて』やるわ」
「……その前に。カコさん、お腹が空いたので、何か糖分の高いものをください。脳の演算が止まりそうです」
ヨウジの言葉で、史上最強にやる気のない「革命軍」の作戦会議(お茶会)が始まった。




