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1:異世界の通路

昭和十五年 帝都・麹町区 陸軍省参謀本部


会議室がざわめいている。ただごとではない様子が、室内の空気から伝わってきた。


「なにがあった?」


杉山元参謀総長が入室すると、一同は一斉に敬礼した。


杉山元すぎやまはじめ

陸軍大臣、参謀総長、教育総監――陸軍三長官すべてを歴任した人物である。


「説明します」


参謀次長が一歩前に出た。


「先ほど、中部軍管轄区から電報が入りました。歩兵第33連隊が鳥羽で海岸演習中、巨大な海洞窟を発見。調査のため船を出したところ、洞窟の奥に海が広がっていることが確認されたとのことです。現在、連隊は“門”の警戒に当たっています」


「……なにが起きているのか、さっぱりわからんな」


杉山は腕を組んだ。


「洞窟の奥に海、か。摩訶不思議な話だ」


「海軍にも情報を共有しましょうか?」


「ああ。海のことは我々の管轄外だ。軍令部総長の伏見宮博恭王殿下と会って話そう」


「了解です。内閣へは?」


「東條から伝えさせろ。現地部隊には待機命令だ」


そう言い残し、杉山は会議室を後にした。


三重県・鳥羽市

歩兵第33連隊 連隊本部


連隊長・林野学はやしの・まなぶ大佐は、洞窟の方角を睨みつけていた。


「連隊長、歩兵砲の展開、完了しました」


「門の警戒を続けろ。第一大隊、周辺確認は終わったか?」


「完了したとのことです」


「……しかし、なんだこの洞窟は」


林野はそう呟き、巨大な洞窟を見上げた。


「私も、こんなに大きな洞窟は見たことがありません……。軽く見積もっても半町(約五十四メートル)はあります」


「洞窟の向こうに海、だと? 黄泉の国にでもつながっているのか」


「縁起でもないこと、言わないでくださいよ」


その瞬間、場の空気が一変した。


「連隊長! 洞窟に動きあり!」


「なにっ!」


林野は立ち上がり、洞窟を見る。

そこから現れたのは――船。それも、ただの船ではなかった。


軍艦である。


その艦影は、アメリカのクレムソン級駆逐艦に酷似していた。


「一体、どういうことだ……」


「撃ってくるかもしれん! 警戒しろ!」


林野は歯を食いしばった。

敵対された場合、対処できる手段がほとんどない。

心の中で、ただ祈るしかなかった。


――頼む。撃ってくるな。


しかし、その祈りは届かなかった。


軍艦は海岸に展開する部隊へ、攻撃を開始した。


「撃ち返せ!」


九二式歩兵砲六門が応射し、歩兵も三八式歩兵銃や九二式重機関銃で応戦する。

だが、戦力差は歴然としていた。


「負傷者多数との報告です!」


「……やむを得ん。海岸展開中の部隊に伝えろ。

『装備ノ放棄ヲ許可ス。至急、撤退セヨ』」


「装備を捨てて撤退!? 敵を前にして逃げるのか!」


「命令だ! 早く動け!」


すると兵士はあることに気づく。


「……まじかよ……!」


兵は驚いたように艦を見つめた。


撤退命令には現場から反発もあったが、命令は実行された。

負傷者は多く出たものの、死者は出ず、撤退自体は成功する。


しかし「敵を前に逃げるのは恥だ」とする声が、一部で反感として残った。


二時間後


「大佐。敵は湾岸で停止したまま、目立った動きはありません」


「そうか……。歩兵砲は?」


「敵艦の主砲により、すべて破壊されました。それと……部下からの証言なのですが」


「なんだ?」


「……女が、艦に乗っていたとのことです」


「馬鹿な。混乱しているだけだろう」


「私もそう思いました。しかし、中隊長を含め複数の兵が同じ証言をしています」


「……そんなはずが……。一応、上には報告しておこう」


「連隊長、まもなく海軍が到着するそうです」


「はぁ〜。あとは海さんにまかせよう。」


第七戦隊司令兼臨時派遣艦隊司令;篠宮敷しのみやしき中将


所属:第二艦隊

・第七戦隊

 重巡洋艦《鈴谷》


・第四駆逐隊

 駆逐艦《嵐》

 駆逐艦《萩風》


《鈴谷》艦橋。


「陸軍からの報告は以上です」


参謀が報告を終えると、艦橋に沈黙が落ちた。


「洞窟から軍艦が出てきただと?」


篠宮は、思わず眉をひそめる。


「艦影は米軍のクレムソン級に酷似。しかし軍艦旗は星条旗ではないようです」


「加えて――」


参謀は一瞬、間を置いた。


「陸軍の部隊の証言によれば、敵艦甲板上に“女性”が確認されたとのことです」


艦橋が、わずかにざわついた。


「……女性、だと?」


「陸軍殿は、ついに戦場で幻覚を見る段階に入られたか」


「司令。まずは観測機で直接確認しましょう。」


「……そうだな。陸軍の“女の話”が真実かどうかも含め、まずは目で見て確かめる」



「《鈴谷》より観測機一機発艦。

正体不明艦の全景、甲板上の人影――すべて確認せよ」


「了解。零式観測機、発艦準備!」


号令が艦内に響く。


後部甲板。


カタパルト上に据えられた水上偵察機が、海風を受けて小刻みに揺れていた。

整備兵が最後の点検を行い、搭乗員が操縦席に乗り込む。


「目標は洞窟と正体不明艦。

特に“人影”の確認を優先せよ」


「了解」


搭乗員の短い返答。


蒸気が噴き上がり、カタパルトが唸りを上げる。


「発艦――!」


次の瞬間、観測機は弾き出されるように空へ飛び立った。

※当時の日本では東條英機は陸軍内では杉山元の方が立場的に上でした。

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