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王位継承物語

ハイリッヒ王子の繁殖〜王位継承争いの発端〜


バチン。


強烈な破裂音のようなものが耳朶を叩く。

その大きさはなかなかのもので、扉の向こう側へと響くほどだった。



その部屋の中で女性が叫ぶ。

「さ、最低です!他に女の人がいたなんて…わ、私1人盛り上がってバカみたいじゃないですか!」


赤くなった頬。彼はそこを抑えていた手を離し、確かめるようにその指先を見つめる。

「すまない……いつかは話さなければいかないと思っていた。これでも私は王族……子を増やすのも責務の一つなのだ。だが……君のことは本当に…ッ!」

彼のその表情は見るからに申し訳なさそうで、憂いを帯びた悲しみを浮かべていた。



「うるさいうるさいうるさい!もう良い!そんな言い訳聞きたくない!」

「ま、待ってくれミディア!」


男の呼び止める声など耳にも入れたくない。そう言った様子のまま彼女は乱暴な所作で部屋を後にした。



「……ミディア…」



感情に浸る彼の前へ1人の男がやってくる。

その男は開いたまま扉の内側を軽くノックしながら話しかける。



「殿下、今日の()()はあれで終わりですか?だったらさっさと戻りたいんですが」

『待ちくたびれた』彼の態度はそう物語っていた。


だが当の本人は、彼の問いかけなど眼中に無い。心が荒れに荒れていた。

「な、なぜだミディアァァアッ!き、君の魔法の才能はピカイチッッ!きっと才能あふれる子を産んでくれると思ったのにィイいいッッ!」


「……ハァ、もうちょっと人らしい理由と目的を持って女性と交際できませんか?ハイリッヒ王子様よ」



『ハイリッヒ・ブリッダ』

この国の第一王子として生を受け、今まさに失念に溺れている男の名だ。

彼の性質は少々異質。

自分の子を産ませることに異常に執着した生き方をしているのだ。


王族として子を残し血を続かせてゆく、これは正しいと言える。王族にとって血を絶やさないことは立派な使命。だが、彼の場合はそれが行き過ぎている。

性欲すら超えた『繁殖欲』と言えばいいのか。



膝と手のひらを地面へつけながら、ぶつぶつと語る。その姿はまさに王族失格だった。


「な、何がいけなかったのだ…ッ!あそこまで育んだのに……あれほど惚れさせておけば、他の女の存在は丁度良い(ハードル)として機能するはずでは……っ?!はっ、そうか!追いかけろということだな!きっとそうだ!まだ終わってはいないッ!済まないヨシュア!ちょっと行ってくる!」

そう言い、優雅さのかけらもない全力疾走で彼女の後を追いかけていった。

あらゆる方面で多大な才能に溢れる彼が本気で彼女を追えば、すぐに追いつくことだろう。



「……はぁ、」

もうため息しか出ない。呼び止めることも、言い返すことも、彼は大分昔から諦めてしまっている。



『ヨシュア・ダウパー』

昔からあの変人王子の元で、そば付きの使用人として彼の世話や護衛を任されている。


彼の得意分野は治療魔法。

何故か知り合った幼い頃からあの王子に『治療魔法だけを磨け』と言われその命に従ってきた。そのおかげで治療魔術は一級品。代わりに戦闘能力は皆無である。


護衛を任せる人間がそれでいいのか問われれば疑問が残るところだが、当の主人からの言いつけなのでどうすることもできなかった。


そんな彼は今日もまた、一段と変わった主人に振り回されているのだった。



後日、聞いたところによるとあの日の彼女とは無事復縁できたらしい。女を口説き落とすために努力を続ける彼の攻が成したと言えるだろう。





**






その一室は小さな書庫、と言った状態だ。書類や本で溢れかえっているのだ。


中心に置いてある机と椅子。

ハイリッヒはそこに座し、のめり込むように机上の書類へと目を齧り付かせている。



「何やってんすか?」

ヨシュアのこの砕けた口調はハイリッヒの前でだけ許されている。

貴族にしては珍しい『仕事さえこなしていればそれでいい』というハイリッヒの能力主義からくるものだった。


「リストをまとめているんだ」

彼はその愉悦を表情に滲ませながら、その書類に目を向けたままで彼に応える。


「リスト、ねぇ。………うへぇ….」

ヨシュアが一枚手に取ったその紙には女性の名前、似顔絵、特徴、体型、身長、何が得意で何が苦手か、病気の有無、家族構成に至るまで綿密な情報が書き記されていた。

ついドン引きの声が漏れ出す。


「これ、法に触れないんすか?」

『どうやって手に入れたのか?』などの質問は愚問である。


「?今現在こうしてわたしは捕まっていないのだから、何も問題なかろう?」

微妙に質問の意図からズレた返答。

彼の中ではたとえ犯罪でも、バレてなければいいし、捕まってもすぐに出られればそれでいい。最悪脱獄でもいい。

そんな考えを持って生きている。

およそ集団で生活を共にして生きてく人間の考え方ではない。



「まだ飽きたりないんすか?どんだけ女性を囲つつもりですかあんたは」

「何を言っている。まだまだ足りん!戦争を起こせるくらいの人数を用意しなくては満足できん!お前も一緒にどうだ?」


「……」

「なんだその目は?当然、子を産んでくれた者たちの認知はするし、皆王族として迎え入れるつもりだぞ?平民などでは決して味わえない豪華絢爛な生活をさせてやるさ!誰にも文句は言わせん!ぐちぐちうるさいことを言う輩がいれば不敬で首を叩っ斬ってやるっ!」


「…はぁ」

彼とは長い付き合いだが未だにこの変人の考えてることは理解できないし、こちらの気持ちも何も伝わっていない。



「見てくれヨシュア!この子なんか凄いぞ!学力試験での成績はそこそこなのだが、お家騒動や貴族間の問題、そう言ったいざこざに何かと巻き込まれては、次々と絶妙な答えを導き出し解決に至ってるそうだ!この子の頭脳は実に欲しい!欲しいぞ!……だが声をかけた瞬間『興味ねぇ〜』という感情の籠った作り笑いを貼り付けられてな。……アレは少し堪えた」


『彼女の欲は何に反応するのだろうか?金か?やはり金が1番融通が利いて便利だしな。この世で金で買えんものなどそうそうないしな』

と自問自答に耽り始める。

声をかけておいて、この有様。実に自分勝手な男である。



ここまであらゆる人物の情報を集めるその手腕と相手の心の内側をのぞくが如きの人心掌握術。彼の人を見る目は異様に卓越していた。

ヨシュアは『それだけ良い目を持っているのであればもう少し別のことに活かしてくれ』と毎回思っている。



だが彼は、彼の心労など眼中になく、ずっと『この子はこうだからここが良い』『その子はアレだからこれがこう』『その子はここが惜しいがこれがそれ』等と、永遠と興味のない話を語り続け、気が付けば朝日が昇っていたと言う。





**





あれから数年経った。

ハイリッヒは見事王に就任。この世に生を受けて20年目である。

現在すでに第5子が生まれ、彼の子を身籠る女性の数は12人。彼の欲は着々と満たされていた。そして当然、現在も()()()は続けている。

彼はあれから狙った女性は確実に落としていった。

それなりに苦労もあった。ハイリッヒが女を連れ込むたびに事件も一緒に舞い込んだ。ヨシュアは毎回それに巻き込まれ、何度も危険な目に遭った。本当にもう勘弁して欲しいと心の底から思っている。



隣国で婚約破棄された頭のキレる令嬢。

聖女と呼ばれる神聖な力を扱う女性。

精霊と言葉を交わせる者に、竜の血を継ぐ少女。

あらゆる女性に狙いを定める撃ち落として来た。

歳を重ねる毎に女性を虜にするテクニックが磨きが掛かり、短ければ1週間、長いと三年以上かけて確実に我が物として来た。



それらの女性が今、彼の子を孕んでいるのだ。

そして彼の言った通り、彼の子を身籠った彼女達は王宮で悠々自適な生活をしている。

ハイリッヒは彼女達を平等に、優しく、丁寧に扱う。その姿はまさに『愛』と言ったところだ。全員の妻にこれでもかと愛を注いでいた。


『幸せ』

見ている先は違えど、それぞれがそう感じていたことには違いない。



だが、何も問題がないわけではない。

その破天荒すぎる子作り故か、彼に不満の声が王宮だけでなく周辺の貴族達からも聞こえるようになってきた。



1000年以上の歴史を持つこの王国で、ここまで後継が多すぎるのは問題の発展になりかねない。

王の座を取り合う内戦に発展しかねないのだ。

国の分裂というリスクそのものと言える。


それに各諸国も黙っていない。

あまりにも強い血が王国に集中し始めている。一つの国が力を持ち過ぎている。今までのパワーバランスが瓦解してゆく。


そんなことを知ってか知らずか、彼は未だにその欲を満たす為に歩み続けている。





**





ハイリッヒの自室。彼に進言する1人の臣下の姿があった。

「王よ。そろそろ落ち着いてはどうですか?」

そろそろ本当に自重しろ。本当はこう言いたい。かなりオブラートに包んだ言葉だ。


「何を言ってる!まだまだ始まったばかりだ!……と言いたいところだがそろそろ頃合いだなぁ」


意外な返答に彼は驚愕が隠せなかった。そして次に込み上げてきたのは安堵と感動。

『やっと自分の気持ちが伝わった』少し遅すぎる気もしなくもないが、そんなことを考えるのは邪推である。



「さて、ヨシュアよ。それにあたって一つ頼みたい事がある」

「えぇ!ぜひなんでもお申し付けください!」

ヨシュアの心は今まで感じていた重荷から解き放たれたのだ。


日に日に彼に対する周りの人間の反感が大きくなり、気が気でなかったのだ。

『王はもう落ち着いた』そう伝えればいくらか溜飲は下げてくれるだろう。

その為の根回し。それが今回の依頼だと彼は思っていたが……この変人はそんな単純な男ではなかった。




「これから数日、お前はこの部屋の……そうだな、その衣装棚にしよう。そこで寝泊まりしろ」

「……は?」

「どうやら、見られないとイケない者がおってな」

「……あんたのプレイに巻き込まれる謂れはないんですが……」

「何を今更!お前と私の仲ではないかッ!」


「………」

「……?」


怪訝な目を向けるヨシュアに対し、ハイリッヒの瞳は曇りのない信頼の眼差しを彼に返していた。


「はぁ、わかりましたよ……あそこで俺は立ったまま寝泊まりすればいいんすね。何日間すか?」

「わからん!が、1週間ほどで済むだろう!」


『興奮して来た!』と何かしらをみなぎらせる彼に対し、『無茶苦茶な命令もこれで最後だろう』となんとか自分を納得させた。

その日から彼の寝床はハイリッヒの部屋の衣装棚となったのだった。





**





その日、事件は起こった。否、それはその日でないだろう。


定例の時間を過ぎ、いつまでも自室から姿を現さないハイリッヒ王を不審に思い、部屋を訪ねる。返事がないことを不審に思い、強引に部屋へと入室する。そこで彼が見たのは、血痕。


ベッド、壁、床、それぞれに血の痕が残され、本人の姿は見当たらなかった。



屋敷中がその起こった事件に現実感が湧かず、漠然とその情報を受け止めることしかできなかった。

そして一気に騒ぎ出す。


怪しい者はいなかったかと、衛兵は何をしていたのだと、そんことよりも王の安否の確認を、と。王妃や妾達に護衛を、と。

その事件は国を全体を騒然とさせた。

自殺か?謀殺されたのか?どこかの国の恨みを買って暗殺されたのか?と。

しばらく落ち着くことがなかった。



臣下達は必死に王の捜索を行う。

だが見つかるはずもない。

彼はもうこの国を出てしまっているのだから。





**





「ほんと、勘弁してください」

「ははは、やはりお前の治療魔法は一級品!その才能は隔絶している!もはや死者蘇生だっ!私の目に狂いはなかった!」


あの日、ハイリッヒは見事に暗殺された。

選りすぐりの精鋭とも言える衛兵にも気付かれず部屋に忍び込み、そのナイフの一突きで心臓を止めていた。

しかも刃には毒が塗ってあるという徹底ぶり。

その暗殺者はすぐさまそこを離れ、誰にも気付かれることなくその場を立ち去った……と思い込んでいた。


だがその部屋の衣装棚には卓越した回復魔法を扱うヨシュアがいる。恐るべきはその治療の技術。

すぐさま主人の治療を行い心臓の復元と解毒という人並外れた奇跡をおこしてみせた。


そのおかげでなんとか一命を取り留めたハイリッヒ。

だが、息を吐く間も無く彼はこの国から出ていく言い出し、それに付き添う形で今現在も彼の跡を歩いているという状況となった。



「なんで、暗殺者が来るってわかったんすか?」

「ははは、王宮内など、私の腹の中も同義。なんだか少し不快な感じがしたのでな。これはそのうちきっと何かあると思ったわけだ!」


「………」

わざとはぐらかしているのか、本音なのか、一体何を考えているのか。

ヨシュアには何もわからない。


「じゃあ、なんでわざわざ暗殺されてやったんですか?警備を固めるなりなんなりすればあんなリスク背負わずにすんだでしょうよ」


「あのタイミングで私がいなくなる方が面白くなると思ってな。ちょうど良いと思い利用したまでだ」


国境付近の森を進みながらも彼は『はははは』と豪快に笑う。

「ここからは私も傍観者の1人となる!次の代はきっと……きっと歴史に残る盛大な王位継承戦となるだろう!」


「あんた……まさか」


「あぁ……数年後が待ち遠しい!我が子達はそれぞれ妻達の才を受け継ぎ、突出した子となるだろう!きっと大盛り上がりだぞ!数年、身を隠さなければならないのが実に残念だ!」



ヨシュアは彼のあまりにも荒唐無稽なその理想を聞き戦慄する。

「それのために子を増やしたかったなんて言わないですよね?」


「…?あの時言っただろう。『戦争を起こせるくらいの人数を用意しなくては満足できん』と」


「本当に戦争を起こさせたかったんですか?」


「戦争でなくとも構わん。私が用意した舞台で起こるのは喜劇でも悲劇でも惨劇でもなんでも良い!歴史に残る大きな舞台となってくれればそれで良いのだ!そして私はその観客の1人としてその最後を見届けたい!我が子達の成長の物語をこの目に映したいのだ!」

異常な野望を語る彼の瞳は実に純粋で眩しかった。


「………」

そんな彼にヨシュアは絶句でしか返せない。

そんなことのためにあんなに苦労して女を口説き落としまわっていたのか、とか、そんな理由で愛した妻と子を置いて来たのか、とか、比較的常識人な彼の頭は『信じられない』と言った疑問で満たされる。


『お前にも子を産んで欲しかったのだがな』彼は1人でに呟いた。


「なんか言ってましたね、『一緒にどうか?』みたいなこと」


「お前も王族の血を引くものとして子を1人でも産んでくれればきっと王位継承に参戦することになり、ダークホースとして場を荒らしてくれたに違いない……実に惜しい。もう少し時間を稼げばよかったな」


「……気付いてたんすか?」

「逆に気付いてないとでも思ってたのか?我が弟よ」


なぜわかったのか?そんな質問は愚問だ。


ヨシュアは先代の王がお手付きした使用人(メイド)との間にできた子供。先代の王はそれを認知せず、その使用人を解雇(クビ)にした。

ヨシュアの母はいつまでも父が迎えに来てくれる信じていた。王族として相応しくなれるように、とヨシュアに礼儀作法を叩き込んでいた。

それが功を成し、使用人として王宮に雇われることになったのだが……



「はぁ、まさかこんな変人に目をつけられるとは」


彼も最初は何も思わなかったわけではない。母を捨てた一族。恨みも当然あった。

だが自分の主人となった彼の奇妙奇天烈、摩訶不思議な行動とその破天荒な日々がいつしかそれを忘れさせていた。


自分の欲のためなら命すら差し出し、愛した妻と子さえほっぽり出す自由な振る舞いとその姿。

自分の恨みなどちっぽけなものと感じてしまった。

やりたいことに目掛けて突き進むその本当に楽しそうな表情に、自分を縛り付けていた黒い楔が千切れてしまった。



人からすれば最低最悪な自由人。

だが、ヨシュアにとっては悪くない。



今ではもうたった1人となった『ハイリッヒ・ブリッダ』という舞台の観客であり、共演者の1人として、人生を彩ってゆくのも悪くない。


「仕方ないから最後まで付き合いますよ」

「そう来なくてはな!」


彼らは隣国を目指し歩を進める。

『向こうの国でも子供を作り後から参戦させるというのはどうだ?』などと、まだまだ全然懲りてもいない彼の発言をいつものように適当に受け流すのであった。





そして数年後、彼の思惑通り、王位継承争いは激しいものとなる……だがそれはまた別のお話。


拝読ありがとうございます。


初めて短編を書きました。


きんもちわりぃ奴の物語作りてぇ〜と手慰見に書いてみました。

楽しんでもらえたなら幸いです。


実際に王位継承争いの話を書いてみたいとは思うのですが、頭が悪いので中々手をつけられません。



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