隠戸①
またこの夢を見ている。大きな広間。屋根がくり抜かれた丸いホールからは暗い空が覗き、音を立てて雨が降り注ぐ。人々が、僕に、跪く。次の瞬間場面は変わり、知らない男が低く言う。
「隠戸に来てはいけない。」
何度見ても気味の悪い夢だ。ため息をつきながら起き上がると、時刻は午前7時40分を回ったところだった。
この頃は朝からうだるような暑さで、寝る前につけたはずの扇風機は回っていない。
祖父の家の使い古した扇風機は、僕が幼稚園の時から変わっていなかった。
幼い頃からたまに見るその夢は、大きくなるほど頻度を増し、より鮮明になっていく。
隠戸なんていう場所は本当にあるのだろうか。
「おんど…」
不意に口からこぼれた3音に、無口な祖父が味噌汁を啜りながら反応する。
「あの辺には行くな。」
一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
本当にあるのか、どこにあるのか、どうして行ってはいけないのか。矢継ぎ早に質問した僕をちらっと見て、
「あの辺は昔から人がいなくなる。死にたくなけりゃ行くな。」
そう言って空いた皿を片付け始めた祖父に、それ以上の質問はできなかった。
『死にたくなけりゃ行くな。』その言葉に、夢の中で
『来てはいけない。』と言った男が重なって見えたのだ。