一波乱あったけど、合流完了
イルシュが眠ってから約数時間後。
炎魔が少ない場所に着くと、イルシュを乗せた炎狼はその場にイルシュを降ろして器用にイルシュの枕になるよう丸くなった。
ぐる、と一言鳴いた炎狼は、心配そうにイルシュを見つめて周囲の警戒に努める。
「――炎――の――イル――死――」
すると人の声が聞こえて、炎狼はそっとイルシュを降ろして戦闘態勢に入った。
パチッ、パチッ……と、その精神状態を表すように火花が散る。
幾つかの足音が聞こえてきて、続いてその姿が見えてくる。
茶色の外套を纏った、黒い筒を持つ男。
彼は、数多の炎魔を屠ってきた男だ。
炎魔が死ぬことはないが、彼に核を撃ち抜かれその身体を散らされた同族は数知れず。
炎狼は警戒を露わにし、イルシュを守るように男を威嚇した。
「――いたぞ! イルシュだ!」
「ガルゥッ!」
駆け寄ってくる人間たちに向かって炎狼が威嚇する。
それに視線を厳しくし、男――グレイブは銃を構えた。
しかし炎狼の背後にはイルシュがおり、狙いを外せばイルシュに当たりかねない。
それに何やら炎狼の様子もおかしいので、グレイブは警戒を解かず、銃を構えたまま尋ねた。
「……炎狼。イルシュをどうするつもりだ?」
返答はない。
炎狼は知性のある目をしているが、だからと言って人の言葉を話せるわけではないのである。
グレイブが撃つべきか否か逡巡していると、炎狼がぐっと足に力を込めた。
今にも飛びかかってきそうな炎狼に、グレイブはフレンドリーファイアを覚悟しながら引き金に掛けた指に力を込める。
そして、その直後――するり、と炎狼の胴体に腕が伸ばされた。
「……炎狼、さん? 敵じゃ、ないよ……」
「イルシュ!」
「……ごめん、グレイブさん……大変な時に、いなくなったりして。それから、この炎狼のことも」
「……いいから喋るな。怪我をしているんだろう、帰ってルルエに診てもらえ」
「うん……わかってる」
静かな声でイルシュが言いつつ、炎狼に向き直る。
炎狼はどこか戸惑った様子でイルシュを見つめていた。
どうして、と言いたげなその視線は、炎狼にとってグレイブは敵でしかないからなのかもしれない。
炎魔は人を見つけるとすぐに襲ってくるから、グレイブは拠点辺りの炎魔を掃除して回っていたのをイルシュは知っている。
あるいは、この炎魔自身もグレイブにやられたことがあるのかもしれない。
そんなことを思つつ、イルシュはゆっくりと炎狼の身体を撫でる。
「あの人達は、私の仲間なの。どうして炎狼さんが、こんなことをしてくれるのかわからないけど……もし、この言葉が通じているのなら……そして、もし私の味方になってくれるのなら……あの人達を、襲わないでほしい」
「……グル」
炎狼は一鳴きして、すりすりとイルシュに鼻先を擦り寄せた。
もう炎狼に敵意はなく、ただただイルシュに甘えている。
イルシュはそれに応えながらグレイブに視線を向け、そして目を伏せた。
「……こんな時にいなくなって、ごめんなさい」
「いいって言ってるだろ。早く行くぞ、じゃないと死んで治すはめになる」
「うん……ひゃっ!?」
イルシュが頷き、歩き出そうとすると後ろから炎狼が突撃した。
イルシュを転ばせた炎狼はそのままイルシュの下に潜り込み、しっかりと座らせて歩き始める。
どうやら運んでくれるらしい。
「……えっと、グレイブさん……炎狼がこんなことするのって、おかしいよね」
「……そうだな。俺が知る限りは、イルシュが初めてだ。……炎狼が懐くのなら、戦力面でかなりありがたいんだが……コイツが特別なのか……?」
「グルルゥ……ッ!」
炎狼がグレイブに向かって威嚇する。
敵意は無いが、それはそれとして近付かれたくはないらしい。
イルシュがそっと炎狼を撫でつつ、小さく首を傾げる。
「私……が、特別なの……?」
「グル」
「……そう、なんだ……?」
「なぁ、イルシュ。本当に会話できてるか?」
「ううん……なんとなくで話してるだけ。……あ……拠点、見えてきた」
「ああ。大人しくしてろよ、イルシュ。最悪、殴ってでも大人しくさせるからな」
「……怪我人に暴力は駄目でしょ。はぁ」
動けないことがもどかしく、イルシュが息を吐いた。
良くはなっているが、それでも痛いことに変わりはないので追い打ちをかけられたくはない。
「……話、後でちゃんと聞かせろよ」
「わかってる」
イルシュが答え、ゆっくりと目を閉じた。
懐いた炎狼
突如現れ、未知の炎魔からイルシュを守るかのように戦った炎狼。
未知の炎魔が撤退後、怪我をしたイルシュを乗せて拠点近くまで連れてきた。
その瞳には知性が窺えるが、今のところイルシュにしか懐いていないようだ。
何故イルシュに懐いているのかは不明だが、イルシュ曰くなんだかこの炎狼のことを知っている気もするらしい。
ちなみに最後のイルシュは寝てるわけじゃなくて、ただ目を閉じただけだよ。
特に理由はないよ。