《プロローグ-20XX0405》
目を開けると広がったのは真っ白な天井だった。
消毒につかうアルコールの独特の匂いと四方のカーテン。
どうやら保健室のベッドに横たわってるみたいだ。
「起きた?」
隣から聞き馴染みのある声が響いた。
私に向かって微笑みかける好青年は私の唯一の幼なじみである橘瑞月その人だ。
「君の名前は?」
と彼が問う。
「?花園日奈莉」
「歳は?」
「16歳」
「じゃあ僕の名前は?」
「橘瑞月」
「通ってる学校は?」
「水凪学園」
「1+1は?」
「……さっきから馬鹿にしているの?」
プハッと彼が吹き出した。屈託なく笑うその表情を見ていると大人びて見える彼も歳相応、私と同い年くらいに見えるものだ。
「いや、ごめんちょっとふざけすぎた。でもよくあるだろ?目を覚ましたら記憶無くしてました〜ってやつ」
「よくあるって……それはフィクションの話でしょう」
「そりゃあね」
散々笑って気が済んだのか、またいつものようにすました顔で微笑んだ。
「日奈莉、階段で足を踏み外したんだよ?覚えてない?」
「……あ」
早く音楽室に行きたいと階段を急いで駆け下りていた最中からの記憶が無い。そこで足を踏み外したのかもしれない。思えば体の所々が痛い気もする。
すぐに両手を空中に突き出して動かしてみる。
――大丈夫、ちゃんと動く。
「倒れたと聞いて真っ先に確認するのが腕の動き?相変わらずのヴァイオリンバカだね」
「バカとか言わないでよ。私の人生なのよ、ヴァイオリンは」
音楽室へ駆けていたのも早くヴァイオリンが弾きたかったからだ。小さい頃から趣味も特技もヴァイオリン。ヴァイオリンを引いていれば私は自由になれる。
「って瑞月私が倒れちゃったからずっと見ててくれたんだよね、ごめんね」
「いいよ、日奈莉がそうなのはいつもだし」
そう言うと瑞月は私の頭を優しく撫でた。まるで宝物を触るみたいに。
(なんだかいつもと違う?……気のせいよね)
「でもその代わりに僕のために1曲弾いてくれない?」
瑞月は私としっかり目を合わせて微笑んだ。
白い肌に長い睫毛、中性的な美貌をもつ彼は女子達の憧れの的だった。
何故か今更そんなことを思い出した。小さい頃から長年見てきた顔なのに。
「久しぶりに日奈莉のヴァイオリンが聴きたいんだ」
「……久しぶり?昨日も聴きに来たじゃない」
「…ああ、そうだったね忘れてた。でも聴きたい気分なんだ。いいだろ?」
「そりゃいいけれど」
彼は私に向かってうやうやしく手を差し出した。
まるでお姫様をエスコートする王子様みたいに。
「では、姫様をステージまでお連れしましょう」
自分の顔が整っていると分かってる表情と仕草なのが何となく憎たらしい。
でもせっかくだから私もそれに応えてみるように彼にそっと手を重ねた。
「今更キザなことするのね、まるで王子様みたい」
そのまま手を繋いで前を歩く彼の背中に問いかけた。
「王子様?まさか」
「僕は魔法使いだよ」
「……?」
あっけらかんとした声で答えた彼のその表情は私からは見えなかった。