《後悔-20XX1221》
今日の授業は全く身に入らず、いつのまにかチャイムは放課後を知らせていた。
いつもなら第2音楽室へ一直線で駆け出すのだがヴァイオリンを弾く気にはならなかった。
今日は家に帰るね、とセイにメッセージだけ送って家の迎えを呼ぶことにした。
一人だけになった教室の静寂の中ではどうしても今朝の出来事を思い起こしてしまう。
『もういい!瑞月なんて大嫌い!』
つい口について出た言葉がフラッシュバックする。
私は告白しに行ったはずなのに、なぜ最後に大嫌いを宣言してあの部屋を飛び出してしまったのか。
もちろんそんなこと思っていない。
けれど、今朝の瑞月の態度にもかなり引っかかるものがあった。
私は黒板の前に立ってチョークで単語を書き連ねる。
『勘違い』
『相応しくない』
『僕の役じゃない』
全て私の気持ちを否定するものだ。
好きな相手にそんなことを断言されて嬉しいわけがない。
(……?)
(なら結局『瑞月は』私のことどう思っているの?)
これらの言葉に瑞月自身の感情は一切含まれていない。
それすら聞けずに飛び出してしまったな、と黒板消しに手を伸ばして文字を消そうとした時、
「……っ!」
左腕だけ金縛りにあったかの様に、黒板消しには手が届かず静止した。
(……何?これ)
もう一度左手を動かそうとすると先ほどの出来事が気のせいだったかの様に手は黒板消しを掴んで文字を消していく。
(……前にも似た様なことがあった気がする。練習のしすぎて腕が疲れているのかも)
そんなことを考えていると、教室の扉が開く音がした。
「……セイ、なんでここに」
「ミヅの様子がおかしいと思えばお前も音楽室行かないとか言うし、明らかに様子がおかしいんだよお前ら」
「瑞月何かおかしかったの?」
「一日中上の空だった。他の奴らなら気づかないくらい程度だが」
相変わらずセイは聡い。でも今はその聡明さが憎かった。
「喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩……じゃない、と思う。気まずいだけ」
こちらの様子を探るように見つめてくるセイの瞳から必死に目を逸らした。
もちろんそんなささやかな抵抗は意味をなさなかった。
「……ミヅに告白したのか」
図星を突かれて肩が震える。
「なっ!……んで」
「お前がわかりやすすぎる。最近明らかにミヅに対して挙動不審だったし」
「……そうだよね」
確かに自分でも不自然な行動をしてしまったと反省する場面は何度もあった。セイがそれに気付かないわけがないだろう。
「……で?ミヅからの返事は?」
「……フラれた」
「……」
会話が止まってしまったから、セイもどう声をかければ良いのか悩んでいるのかと思い、セイの方向に向き直ると、呆れ返ったようななんとも言えない表情を浮かべて私の方を見つめていた。
「なんでそうなる。お前ら何か面倒臭いことになってないか?」
「そんなの私が聞きたいよ!」
堰き止めていた感情、瑞月への不平不満とともに今朝の出来事の一部始終をセイに捲し立てた。
一通り話し終えると、セイは顔に手を当てて何かを考え込んでる様子だった。足は忙しなく床を叩き苛立っている様でもある。
「同情のつもりか?何考えてるんだアイツ。ふざけるのも日頃の言動だけにしろよ」
「……セイも私と一緒に怒ってくれるとは思わなかった。ありがとう」
「……あぁ、いや、俺のは少し意味合いが違うというか……」
セイにしては珍しく歯切れが悪い回答だった。
「俺のはともかく、ヒナはこれからどうするんだ?いつまでもお互い避け続けるわけにもいかないだろ」
確かにセイの言う通りだ。
瑞月の言葉に腹が立って飛び出してしまっただけで、私は為すべきことを何一つ為してない。
「……本当はちゃんと考えてたんだ。告白の時になんて言うのか。だって『好き』っていうひとことだけじゃ絶対私の気持ちが伝えきれないもの」
セイは私の方をじっと見つめて急かすことなく私の紡ぐ言葉を待っている。
「なのに結局その『好き』しか伝えられなかった。おまけに思ってないことまで口走っちゃうし散々だったの。……後悔してるの」
窓から吹き抜けた風が靡いた髪と共に私の頬を撫でた。
「だから、やっぱり告白をやり直したい。このままじゃ心残りがたくさんあるの。それに瑞月がどうしてあんなこと言ったのか、瑞月自身が私のことをどう思ってくれているのかも、何も聞けていないもの」
「……やっぱりそうなるよな、お前は」
セイは私の方までゆっくり歩いてきて正面で向かい合った。彼の瞳の中に私が映っている。
セイは優しく私の頭の上に手を置いて頭を撫でた。
「頑張れよ」
「うん」
「もしこれ以上辛くなったら俺にすれば良い」
「う……え!?」
あまりにも何気なくセイが言うから流されそうになってしまった。
セイの顔を見上げると小気味良さそうに笑みを浮かべていた。
「ちょっ、冗談言わないでよ!こんな時に!」
「こんな時だからこそだろ」
「……もう!とにかく今日は帰る!」
少し赤くなったのが恥ずかしくて自分の鞄を手に取って教室のドアに手をかけた。
「また明日の早朝に瑞月と話してくるわ!放課後は話に付き合ってね!」
「分かった」
簡潔なセイの返答を聞き届けた後、私は教室を出た。
「冗談、ね」
教室に残された青年は一人で空を見上げていた。
「そこは否定してないんだけどな」