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目を開けると広がったのは立派なベッドの天蓋だった。
見覚えはない、けれど私の部屋だ。直感的に思った。どうしてかはわからない。
片手だけゆっくりと上に向かって伸ばす。体全体に錘がついているように怠いがゆっくりであれば自分の意思の通りに体を動かすことができる。
ガタッと隣から物音がした。
そちらに目を向けると綺麗な青年が信じられないものを見たようにこちらを見つめて立ち尽くしている。
「体……動くの?」
「……?……ええ、動くわ」
「そうか、よかった。本当に」
誰とも知れないその人が私に向かって心から嬉しそうに笑いかける。
そんな表情を見ていると心に熱が灯るような感覚が駆け巡った。
「じゃあ、自分の名前はわかる?」
と彼が問う。
だから私も答えた。
「花園日奈莉よ」
ただ名前を答えただけなのに。
「……っ……そう、そうだよ」
彼は噛み締めるように肯定の言葉を連呼する。
涙ぐむ彼の気持ちを私に推し測ることはできないけれど、
「……泣かないで」
私の手は自然と伸びて彼の涙を拭った。
泣いてほしくなかった。
いつものように笑っていて欲しかった。
……『いつも』?
彼は伸ばした私の手に自分の手を重ねながら自らの頬に当てた。
ドクンと心臓が波打った心地がした。
彼の一挙一動に触れるたびにわたしの心は熱を帯びるようだった。
「……やっと、ここまで」
俯いた彼はそう呟いた。彼の表情は私からは見えない。
「……後悔、していた気がするの」
「……え?」
彼は不意をつかれたように顔を上げて私を見た。
「私、きっと大切なことを、全て忘れてしまっているんだわ」
彼の瞳を見つめると暖かい気持ちになる、それは間違いないのに。
それと同時にどんどん胸が締め付けられるような心地もして、息が詰まりそうだ。
《「……Don't forget me」》
私の記憶の彼方で誰が私に言った。
「絶対に、絶対に忘れちゃいけなかったのに!」
自分の目から涙がとめどなく溢れてくるのを感じていた。けれど止めることなんてできない。
心の奥底で『私』が泣いている。
「……日奈莉」
彼は私の頭を撫でながら私を自分の腕の中に閉じ込めた。彼の肩口が私の涙で湿っていく。
跳ねる心臓が、身体中の熱が、訴えかけている。
この人を思い出せ、と。
私の知らない私が叫んでいるのに。
「君の一番星はもうすぐそこだ」
小さく口に出した彼の言葉は、私の耳には届かない。