表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

《フレンドリコール-20XX1121》

「あれ?ヴァイオリン弾いてないの珍しいね」


瑞月はそう言いながら第2音楽室に入ってきた。実際に私はヴァイオリンの代わりにシャープペンを持って準備室から引っ張り出した古びた机の上に置かれたテキストに向かい合っている。

今日は家の用事があるといってセイは先に帰ってしまった。

『あの日』から二人きりになるのは初めてだったから何となく気恥ずかしい。

『二人』が日常だった日々をもう思い出せない。


「英語?」

「うん、やっぱ筆記が苦手で。最近ドイツ語ばっかやってたのもあって成績悪かったの」

「そういえばオーストリアの公用語はドイツ語だったね」


瑞月は私の後ろからテキストを覗き込んできた。何気ないいつもの距離感なはずなのに私の心臓は忙しなく音を立て始めた。


「でも日菜莉、英語は喋れたはずだよね?」

「喋るのと文法って全然違うからね?両方そつなくこなす瑞月にはわかんないと思うけど!」


拗ねたように言い返すふりをして、熱が集まっている顔が見られないように瑞月から顔を背けた。

(私いままで瑞月とどんな顔で話してたっけ)


「You will spread your wings for the future and go far away」


瑞月は流暢な発音で言葉を紡いだ。

思わず振り返ると、いつもの優しい笑顔で柔らかい瞳で私のことを見つめている。

(『君は未来に向けて翼を広げて遠くへ行くんだろう』……であってるよね)


「……Don't forget me」


彼が私に向かって『忘れないで』と。

私の夢に向けてずっと笑顔で背中を押してくれていた瑞月の表情が今初めて、陰った。

このまま何も答えなかったら絶対後悔すると、なぜかそんな予感が過ぎった。


「I'll never forget it」


忘れないよ。


「Even if I forget it,」


万が一、忘れてしまったとしても、


「I'll remember my friend」


……『友達』を思い出すから。


私がそう言うと、瑞月は何かを懐かしむみたいに愛おしいものを見つけたみたいに私に向かって微笑んだ。

(やっぱりだめだ、私。この人が好きなんだ。)


「I pray that you'll recall me……as your friend」


忘れていたかのように付け足された『友達として』がまるで線引きのように思えた。

今までなら絶対気にもとめなかったはずなのに。

大切な『友達』。今までずっとずっとそうだった。

でもやっぱり私は瑞月に『友達』のままでいて欲しくない。

(……絶対に、変えてやる!)

最初の一歩の踏み出し方を、勇気の出し方を、私はもう知ってる。


「recall」


私はひとことだけ呟いた。


「……え?recallでもrememberでもどっちでも大丈夫だよね?この場合」

「うん。でもrecallって全然違う意味もあるよね」

「ん……そうだね。回収するとか撤回するとか?後、市長とかの解職請求とかでもリコールって言うよね」

「……同じような意味でもたくさんの単語があったり、逆にひとつの単語でも色んな意味があったり、言葉って難しいね」


いつもは締め切っている音楽室の窓を開け放った。冷気を帯びた風が私の頬を撫でて熱を冷ましてくれる。夕焼けのオレンジ色が音楽室の中に差し込んだ。


「どうやったら、自分の中の気持ちを上手に言葉に乗せて相手に届けられるのかな」


考えていたことがそのまま口について出てきた。

突然抽象的なことを言い出してしまったからか、彼は少しだけ驚いたように私を見やった。


「誰かに伝えたい気持ちがあるの?」


その対象が自分とは微塵も思っていない素振りで瑞月は軽く言葉を発した。


「うん、そうだよ」


あなたが好きだよ、って。

そう簡単に言ってしまえれば楽だけれど、色んな色で輝いている宝石みたいなこの感情を乗せるには、この言葉はあまりにも短くて。


「でも、まだそんな言葉を見つけられてないから、ひとまず瑞月に宣言だけしておくね!」

「その宣言の相手は僕でいいの?」

「いいの!これは解職請求よ!リコール!」


赤くなった顔を隠すために夕焼けの力を借りて、

今まで見せた中で一番素敵な笑顔を作って彼に笑いかける。


「私、絶対友達を解職(フレンドリコール)してやるわ!」


『友達』を辞めて、私の『恋人』になって欲しいの。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ