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2/生徒会長

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 気分にもよるが、二年に上がって以来俺は昼食を生徒会室で取っている。

 突き詰めていえば九ノ瀬が生徒会長に当選してからの習慣だ。春先の選挙からまだ二週間しか経っていないのだから、本来なら習慣というのもおかしな話かもしれないな。

 生徒会室は、二年の教室を含む新館の正面に構える旧館の一室を陣取っているが、移動に掛かる手間を度外視していうならあれほど昼時に快適な場所もない。教室や食堂は生徒の大群でごった返しているし、バカ騒ぎしていれば周りの目が憚られる。会長権限でエアコンの使用は自由だし、他の生徒もいなくて静かな点を評価して生徒会室は穴場と呼べるだろう。何より基本的に教師放任というのが大きい。

 本当ならば俺は生徒会の人間ではないので気軽に入室を許される立場ではないのだろうが、そこは現会長様の恩恵に与っている。はじめこそ少しばかりの緊張を持って開いていた扉も、今では何の感慨もなく無造作に開け放つことが可能だった。

 今日もまたノックなしに手を掛けた扉をスライドさせる。

 すると。

「……」

 そこには見たことのない女子生徒がいた。しかも一年。

 彼女は俺の存在を認めるなりびくりと肩を弾ませ、何故か謝罪の言葉を叫んでから数回速いテンポのお辞儀をしてから俺の横をすり抜けて退室して行った。なんだったのだろう。とは俺は思ったりしない。現状を把握するなんてことは簡単だ。なぜなら。

「お、よくきたな我が親友よ」

 軽薄に片手を挙げて、そんなこと言ってくる男のことを、俺は残念ながら十年も前から知っているから。

 生徒会長、九ノ瀬渚その人である。

 室内に踏み込んだ俺は九ノ瀬から一番遠い位置の席に腰を下ろした。

 部屋の様子を説明するなら、一般的な会議室を想像してもらえれば誤差はほとんどないだろうと思う。普通の教室と面積は同じくらいで、形は縦に長く横に短い。黒板はなく代用されているのは移動可能式のホワイトボート。スタッキングチェア数脚と、長めの折りたたみテーブルが部屋の真中に置かれている。

「昼間から一年の女子を連れ込むとはまた大胆だな、生徒会長」

「昼間だからこそ、な。昼休みのここに人は寄り付かない。おまえも今日はこないと思ってたんだけどね」

「呼んだのはおまえだ。遅れたのは購買に行ってたからだよ」

「購買? おまえ確か弁当じゃなかったっけ?」

 確かにいつもの俺は弁当持参組みの一員だが、今朝はわけあってそんなものを用意している暇がなかったのだ。

「そうかい。ところで、俺がおまえを呼んだのは昨日なんだけどね。すっぽかされちまったけどさ」

「だから、今代わりに来てやったんだろ。ていうか、昼休みは毎日来てるじゃねえか。それで、こうして来てみれば会長様は一年生との逢瀬ときた」

 九ノ瀬を見ないようにして毒づきつつ、コロッケパンを開封する。

「誤解だよ、誤解。今の子は相談者で、お礼をいいに来てくれてたんだ。それだけだよ」

「てことは例のあれか」

「そ、目安箱」

 九ノ瀬はどこか誇らしげにその単語を口にしやがるが、俺からしてみればそいつは悪魔のワードでしかない。なぜかと訊くなら単純明快な解答を述べてやろう。その言葉を切欠にしてなぜか毎回俺は疲れるはめになっているからで、いわば呪いのスイッチ、呪詛の響きだ。自分が厄介事に巻き込まれると解っていては、どんなに民主主義の権化みたいな言葉も耳障りなことこの上ない。

「なんでも兄が相当な女誑しらしくてな。あんまり見境がないからお灸を据えてくれ、って今の子がさ。おまえも知ってるだろ? 今朝の事件は」

 今朝の事件というと、蒼が起こした殺人未遂のことだろうか。確信はないがそれ以外には考えられない。この平和な学内で事件と称される事象がほいほい発現しまくっているとは思えないしな。なるほど、あれの依頼人は彼の妹だったというわけか。

 昼休みにわざわざ礼を言いにくる点、きっと兄に対する気遣いからの依頼だろう。だとしたら、彼女は物を頼む相手を間違えている。同じ理由で、九ノ瀬もまた粛正を受けるべきなのだから。こいつにもあんな妹がいたらよかったのに。

 そんなモノローグの篭った視線を投げ掛けていると、思い出したように九ノ瀬が付け加えた。

「ああ、心配するな。爽架の暴動に関しては俺が教師側に話をつけておいたから」

「当然だ。つうかおまえ、そんな依頼を蒼に任せちまったらどうなるかぐらい予想が出来たはずだろ。マジで死んでたらどうするつもりだったんだ」

「さあな。仮定より現実を見ろ。実際は死んじゃいないよ」

 無責任過ぎる。何度思ったか知れないが、なんでこんな奴が生徒会長なのだろうか。甚だ疑問だ。

「なら現実の話だが、蒼なら確実にやり過ぎることは解ってたんじゃないのか?」

「やり過ぎるくらいがいいんだよ。でないとまた同じことを繰り返すし、触発されたバカも出てくる。俺の餌場を荒らす輩がどうなるかは多少大袈裟にでも示しておかなければいけないのさ」

「どこが誰の何だって?」

「この学園が俺の餌場だって」

 にべもなく答えやがる。全生徒の代表として学園を預かる人物の口から出たとは思えない言葉だった。

「そうか? なら言い直すよ。俺のハーレムを汚す野郎は、何人たりとも決して許さない!」

 少年漫画の主人公みたいに言われても。

 それにしたって百歩が五十歩になったようなものでしかない。あるいは生徒会長としての立場を利用して言ってるのか。だとしたらあからさまな職権乱用、もしくは公私混同だ。今すぐにでも不信任の決議を行うべきである。

「全ての女は俺を愛し、同時に俺に愛される権利を持っているんだよ。基本的人権って奴かな」

 絶対に違う。

「愛の安売りか。この女の敵が。見境がないのはおまえじゃねえかよ」

「それは違うさ。俺の愛は無償にして無限だ。女の数だけ恋が生まれ、恋の数だけ愛があるんだよ」

 大層なことを仰るが、それだと無限を称するこいつの愛は数にしておよそ三十億くらいに限られると思うのだがどうなんだろう。まだ一口もつけていなかった購買特性コロッケパンを口に含み咀嚼しつつ、そんなことを考える。

 ふにゃふにゃしたパンとコロッケの衣を飲み下し、得意気な表情で自分の弁当をナプキンから解放している九ノ瀬に向き直る。俺は言った。

「依頼が解決したなら、俺はもう必要ないよな。昨日の呼び出しは、どうせそいつを俺に押し付けるつもりだったんだろ」

 つまり昨日の俺が素直にここに来て九ノ瀬の話を伺っていれば朝の騒動はなく、より平和的な解決を見ていたことだろう。依頼者の彼女だって兄が生死の淵を循迷うなどと危険な目に遭うことを望んでいたわけではいるまい。話し合いでことが済むならそれが何よりだ。

 弁当箱の蓋を開けた九ノ瀬は箸を蟹鋏のように動かしながら俺を見、

「あー、いや、それは違う。この件は最初っから爽架に任せるつもりだったよ。言ってるだろ。この件はやり過ぎてこそ意味があるんだよ」

 きっぱりと、しかしどこか困った風にそれを告げる。九ノ瀬の眼が今度は俺から焦点を外していた。

「おまえに頼みたかったのは他の相談……というか、依頼というか、なんというか」

 開いた弁当箱の中身はまるで減っていない。九ノ瀬は言葉を探して視線を中空辺りに泳がせている。これから自分が言わなければならない事柄に相応しい表現に検索を掛けているようだ。なかなか適当なものが見付からないらしく、取り繕った微笑がそろそろ苦しくなってきていた。その間に、俺はタマゴサンドに手を着け始める。黄色い卵を見たのがやたらと懐かしい。

「っあー、もう面倒臭い。百聞は一見にしかずだ。律、とりあえずこいつを見てくれ」

 言葉にするのが面倒になったらしい。九ノ瀬はブレザーの懐から一枚の用紙を取り出す。その動作に反射的に身構えてしまったのは、なにもブレザーの内側から出てくるものが拳銃だと思ったとかそんなアメリカンな理由ではなく、むしろ出てきたものが拳銃なんかではなくてもっと身近な紙切れだったからである。

 はっきり言って逃げ出したい気持ちだった。帰っていいかな、俺。

 どうにも俺の嗅覚は面倒事の匂いを明確に嗅ぎとっているんだが。

 押し付ける手前からか、ご親切にも九ノ瀬渚生徒会長はその悪夢への招待券を持って俺の許までやって来てくださった。赤紙を飛脚人に手渡しされる気分で俺はブツを摘まみとる。

 見た目には何の異常もなく、それは長方形に切られて折りたたまれただけの藁半紙。

 表面だけ見ていても仕方ない。今度ばかりは九ノ瀬の言う通り百聞は一見にしかずだ。

 片手で藁半紙を開く。その内容に眼を通した。

「なんだ、これ?」

 思わずタマゴサンドを落としそうになる。

 綴られていたのは、これまでに俺が見た投書の中でも最短の文章。平仮名たった四文字で記された生徒会への要望。確かに、九ノ瀬が表現に困るのも頷ける。目安箱への投書は大きく分けて相談と依頼だが、これはそのどちらにカテゴライズしていいやら全く見当が付かない。

 そこにはこんなテキストが踊っていた。

「『たすけて』……どこのホラーだよこいつはよ」

 背筋を悪寒が駆け抜ける。もしかしたら九ノ瀬は内容を知らないのかもしれない、と有り得ないことを思ってこの不安とも恐怖とも付かない感情を共有すべく内容を公開。言うまでもなく九ノ瀬にとってこれは既知だった。

「さあな。一つだけ確かなことがあるとしたら、これはホラーなんかじゃなくて我が愛すべき生徒からの投書だよ」

「バカバカしい。こんなもん悪戯に決まってんだろ」

 いいつつ藁半紙を放り出す。ひらりと舞ったそれが床に落ち、無機質な文面が俺を見上げた。

 目安箱への投書に基づく活動は生徒会、正式名称生徒会執行部の主な役職である。であって、校内におけるその知名度は高い。だからこんな適当な投書を行うという悪戯があっても不思議ではないのだ。高校生にもなってバカらしい。

「悪戯か。おまえはそう思うんだな、律」

 俺の台詞などはじめからお見通しだったと言いたげな語調。嘲笑して九ノ瀬は肩を竦めるアクションを見せる。

 あるいはそれは嘲笑ではなく自嘲なのかもしれない。

「悪戯で、こんな意味不明な投書を七回もするような暇人がいると思うか、おまえは」

 再度、内ポケットに手を入れて抜き出す。さっきと違うことといえばそれは九ノ瀬が掴んでいた紙の枚数が、一枚ではなく六枚だったこと。同じ大きさの紙が重ねられ束になり、今、九ノ瀬の人差し指と中指に挟まれていた。この時点で既に内容など確認するまでもないことや、九ノ瀬は俺が思っているよりも案外本気で困っているらしいことを悟る。

 いつも通り平準の柔和な笑顔が、今ならはっきりと苦笑に変わっていることが一目に明らかだ。そしてこんな顔をこいつがするときは、本当に困っているとき以外にない。

 そう。九ノ瀬はどうやら困っているらしい。

「七回か……。毎日続いてるのか、その投書は」

 やれやれとばかりに事情を尋ねてみると、薄情にも九ノ瀬はあからさまに表情を明るめ、待ってましたとばかりに説明を開始した。しまった。嵌められた。

「二週間ほど前からで、毎日ってわけじゃない。曜日にも規則性はないけど、筆圧的には多分女子だ。うん俺が言うんだから間違いない」

「最後のは一番どうでもよくて、一番正確そうだな」

 改めて足下に落とした半紙を拾い上げる。よく見れば確かに、筆圧云々もそうだがこれは楷書体にしては丸みを帯びていて、男の書いた文字とは考え難い。投書主が女子であると目した九ノ瀬の発言には全面的に同意してよさそうだ。

 と、ちょっと待てよ。

 今更にして、俺の頭に根本的な疑問が思い浮かんだ。

「九ノ瀬、おまえ、これを俺に見せてどうするつもりなんだ?」

 これまではなかった、どころか起こりようもないはずの質疑がそれだ。俺が生徒会に関わることになる場合、業腹だがそれは投書の依頼内容を代行する際が主である。だから投書を見れば自分が何をすればいいのかを知るのは簡単で、どうすればいい、なんてことはそもそも考え得ない。

 だが今回はどうだ。

 不透明な依頼ないし相談内容に加えて無記名投書と来ていやがる。これでは投書主が何を望んでいるのか――は、明確だが具体的なところが不明だ――そもそも誰に対して執行すればいいのかそれら一切を求めるヒントが皆無。メッセージだけを受け取って、それで立ち往生するしかない。やっぱり悪戯なんではないだろうか。再び俺の中では悪戯説が最有力候補として息を吹き返した。

 鮭の切り身を箸で口に運ぶ途中だった九ノ瀬が手を止めた。うん、と言って、やっぱりそうなるよな、を呟くタイミングで箸を置く。今の段階ではまだ、表情に真剣味が感じられない。

「この投書がはじめて行われたのは、さっきもけど二週間前だ。新学期が始まってからの第三週目ってことになる。これは仮の話だけど、ちょうどその時期ってのは一年がオリエンテーションとかやってる頃なんだよ。それでだな、生徒会長たる俺は生徒会について新入生全員の前で演説をしたわけだ。当然――目安箱についても」

「なにが言いたいんだよ」

「投書のタイミングが一致してるだろ。つってもそれが確証になるわけじゃないけど、投書主は一年なんじゃないかって俺は考えてる」

 そして、と九ノ瀬が身を乗り出すような姿勢をとる。まばたきの回数が極端に減少していた。

「仮設ではあるけど、俺はこう考えてる。こいつは可愛い一年女子からの救難信号なんじゃないかって」

「可愛い、ってのは重要か?」

「当たり前だろ。それが全てだ」

 俺は今朝蒼に聞かされた話を思い出していた。

「……と、話がずれかけた。で、どこまで話したっけ?」

「おまえがエロエロだってところまでだ。次はその内に秘めたケダモナについて話してくれ」

「ああ、そうだっけ。知っての通り俺の中には獣が潜んでいて、そいつは恋という名を持つ運命の匂いに敏感なんだ。そして解放時は――」

「俺が悪かった。九ノ瀬、おまえは本当は投書主が一年の女子ではないか、ってとこまで話したんだ」

「可愛い一年の女子だ。間違えるな」

 そうか、全てなんだっけな。

 覚えているなら悪乗りしないで欲しい。いちいち話がややこしくなる。

「で、続きか。結論は先に言ったよな。俺はこいつの正体を救難信号、いわゆるSOSだと踏んでいる」

 俺は今という瞬間が笑い時なのかそれとも気付かない振りをしてスルーすべき時なのかを真剣に迷ってしまった。親指の第一関節が知らず眉間を押さえている。

 九ノ瀬は、自信満々の表情にしてアホ満開な結論を導き出しやがった。投書が悪戯でないならこいつの見解は確かに正しい。反論の余地がないほどに。証明も出来る。

 床に落とした藁半紙を拾い上げ、俺はそいつを九ノ瀬に翳した。

「あのな、九ノ瀬。よく見ろ。『たすけて』って書いてあるんだから、そりゃあSOS以外の何物でもないだろ」

 一年が投書主だとかいう(くだり)は間違っているとはいえないし、合っているともいえない。肯定と否定のどっちつかず。

 もっとも俺が訊いているのはそんなことでは微塵もない。答えて欲しいのは誰がこの用紙を目安箱に入れたのかなんて過去のことではなく、その結果俺がこれからどんな役を演じなければならなくなるのかという未来のことだ。

「せっかちだな、律は。俺の華麗な推理を最後まで静聴しようって気はないのかよ」

 本気でがっかりしていやがる。そこまでその華麗な推理とやらを俺に聞き届けて貰いたいのか。はっきり言って俺は聞きたくなので容赦なく話の先を促す。

「そんじゃ単刀直入に言うわ。今回、おまえにはこの投書主を見つけ出して貰いたい」

 最高の冗談を受け取った心地で俺はしばし九ノ瀬の腹の内を探っていた。残念なことにどれだけ探ろうとも言葉以上の目的なんて粉ほどにも見付からない。九ノ瀬の要件は文面を百パーセント引用した、まさにそのままの要求だった。

「……一応、理由を聞こうか」

「目安箱への投書だ。無下に出来るはずがない。俺は生徒会長だからな、生徒からの要望には出来うる限り最善の選択で応えるし、相談になら睡眠時間を削ってでも乗る。それじゃダメか?」

 生徒会の業務執行を部外者に押し付けようとしている現行犯が真摯な対応を謳い文句にしたところで、そんなものには何の信憑性もありゃしない。

「この投書主がイジメを受けていたとして、助けを求めているのかもしれないだろ。生徒会長の俺がそんな悲痛な訴えを無視するわけにはいかない」

 だったら自分で調査でも何でもすればいい。俺を巻き込むのはお門違いだ。

「会長として顔が割れてる俺が自ら動けば、それこそ目立ち過ぎて厄介じゃないか。おまけに相談したことがバレちまって状況が悪化しかねない。その点おまえなら大丈夫だろ。生徒会役員じゃないおまえなら、相当目立つ行動をしない限りは問題ないはずだからな」

「役員でもない俺が何故協力してやらねばならんのか」

「役員でなくても、おまえは俺の親友だろ。だから友情の元に協力を仰いでるんじゃねえか」

「断る、つったらどうする?」

 九ノ瀬の口元が苦笑に歪む。皮肉を噛み殺したような崩れた笑みが、最高の冗談を聞いたとばかりに俺に向けられた。

「断れないだろ、おまえは。紘井律が困ってる誰かを見捨てられるのかよ」

 根拠としては実に曖昧で不確かな物言いがなんだか気に食わない。

「何度も言うがこんなも、ただの悪戯かもしれねえだろ。むしろその可能性のが高い。だったら誰も困ってやしない」

「悪戯なら、それはそれで説教……いや、口説く必要があるだろ」

 言い直した結果間違っていやがる。

「少なくとも俺は困ってる。頼むよ、律。ここは親友を助けると思ってさ」

 ぱちん、と安っぽく手を合わせて頼まれる。

 俺は投書の内容に再度目を向けた。もう一度見れば中身が変化しているかもしれない。角度を変えれば見えなかった文字が浮かび上がっている可能性もある。見下ろした文章に何の超常もなかったことは言わずもがな、藁半紙に並ぶ四つの文字に変化はないし減少も増加もしてなどいなかった。

 形だけの思案する素振りを自分の言い訳とばかりにし、とっくに出ていた答えを提出することに決める。俺は半分ほど残っていたタマゴサンドを平らげて席を立った。

「解ったよ。無駄かもしれんが探すだけ探してやる」

 どうせ俺がどう答えるかは九ノ瀬の中で予想出来ていただろうし、そうと解っていて協力の意思を示してしまう自分が馬鹿らしい。愚の骨頂とはこういうことだ。

 ドアに触れながら言うと、後は急いでここを出ていく算段だった。別れの挨拶もなしに退室を急いで扉を開く。これ以上ここにいるのは自分を辱しめているみたいで嫌になる。少しの間一人になりたい。

 しかしそれは残念ながら叶わぬ望みという奴で、部屋の前の廊下にいた人物を見て俺は脚を止めてしまう。そこには。

「え――?」

 ドッペルゲンガーでも見たような顔をして、朱空末那がそこにいた。

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