0/ぷろろーぐ
ご存知の方がいらっしゃると嬉しい、双色です。
長いこと活動休止していてすいません(汗
本作は完成が間に合えば来年の新人賞(応募先未定)に応募する予定です。
その為頻繁にプロローグや途中のキャラ設定、台詞などに改稿があるかと思われますがご了承ください。勿論、物語を読み進める上では一切支障はきたしません。また、タイトルが作者の他作品に類似していますがお気になさらず。
それではこの作品が沢山の人に愛されることを願って――
『箱庭の少女、夕凪の世界』――開幕です。
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「子供の頃、あたしの知ってる世界は小さくて囲われた空だった」
そう言った少女の横顔は、夕焼けに赤く染まりながら愁いを帯びていた。
「ある日、自分の知らない世界が気になって家を抜け出したのよ。そしたら、この世界は思っていたよりもずっと大きくて広かった。街も、人も、毎日見上げていた空さえも見たことがないもののような気がして驚いた」
子供の知っている世界とは酷く矮小で、曖昧な認識に過ぎない。
例えばそれは御伽噺の本の中だったり、テレビに映し出される異郷の景色だったり。なんにしろ現実に目にしたことがない世界を『どこかにあるもの』として知っているだけで、だからこそ本物に触れて驚愕するのは、当然といえば当然だろう。
「だけど、驚きの次にあたしが感じたのは恐れだった。自分の知らない世界の中で、まるで自分だけが取り残されているような感覚が怖かった。自分でも理由のわからない震えが、どうしても止められなかった」
自分の知らない世界。
急激に広がった世界。
それが人に与えるのは、自分の世界の拡張による喜びと同時に――僅かな疎外感。世界の広さは時に残酷な暴力にもなりえる。
「それで考えた。どうして自分は震えているんだろう。なにがそんなに怖いんだろう、って。……答えは簡単だった」
少しの間が沈黙を作る。
そうして、瞬いた瞳がこちらを見据えて言った。
「――あたしは、一人だった」
暗い影を落とす声。
憂鬱の色が翳りを見せた表情が、不意に記憶に訴えかけてくる。
まるで、その表情をどこかで見たような、そんな衝動が意識を襲った。
「その時だったのよ。一人の男の子が、名前も知らない男の子が声を掛けてきた。どうしたの? って。あたしはそれが嬉しかった。今まで小さかった自分だけの世界が、その時初めて外の大きな世界と繋がった気がして。それで」
思い出すのは、遠い夕暮れ。
今日と同じ夕凪の茜空。
霞んだ記憶の先にいる一人の少女。白い顔を夕焼けに染めて、涙を零しながら微笑む姿。
「気がついたら、あたしはその男の子が好きになってた。……それが、あたしの初恋だった」
ぎこちない笑顔を少女が浮かべる。
遠い過去。夕焼けを背中にして同じ景色を見ていた気がする。それがいつだったか。思い出そうとすれば遠退いて行く茜色の世界を手繰り寄せ、そしてようやくそれが形を成して記憶に顕現した。
夕焼けの記憶。濡れた笑顔。大きな瞳。一度だけ吹いた、夜の始まりの蒼い風。
忘れていたのではなく、思い出せなかった。
重ねた時の中で記憶が邪魔をし、そこに辿り着くのを妨げていたずっと昔の想い出。色褪せた心の奥の一ページ。始まりのページを彩る茜色を瞼の裏に焼き付けて、
「そうか。……思い出したよ、やっと」
口に出してみると、それはすんなりと受け入れることができた。
二人の始まりのページ。埋もれていた欠片を繋ぎ合わせて思い出す。
――また明日。
無邪気な声が聞こえてくる。泥だらけの少年の姿が夕焼けを背にしてそこにあった。
思えばそうだった。全てはあの日、十年前。重ねた痛みの陰に隠れていた遠い夕暮れの景色。
空は、あの日と同じ世界の終わりの前に霞んだ夕闇だった。