『お前のように怠け者で醜い女は必要ない』と婚約破棄されたので、これからは辺境の王子様をお支えすることにいたします。~いまさら私の補助魔法が必要と言われてももう遅いです~
「メアリ・ドリッシュ! 貴様との婚約を破棄する!」
シュヴァルツェ王国内の王宮にある、将軍の執務室でのことだった。
王国の将軍であり婚約者でもあるロービス・シュヴァルツェに呼び出されたメアリに告げられたのは、婚約破棄の言葉だった。
「……なぜですか、ロービス様」
メアリの質問を、ロービス将軍は鼻で笑った。
「ふん。なぜですか、だと? それはお前自身が一番よく分かっているはずだ」
「私が……?」
一瞬考え、メアリはロービスが日ごろから口にしていたことを思い出す。
「……私が醜いからですか?」
メアリは恐る恐る言った。
彼女の髪は黒く、金や銀の髪色の者が多いシュヴァルツェ王国では異様だった。また、彼女の黒い瞳も、青や灰色の瞳をした者が多いこの国では蔑みの的であった。
「その通りだ。全く、国王陛下のご依頼でなければ、貴様のように貧相な醜女と婚約などしなかったものを」
「ロービス様……」
「実はな、ブラックレイ公国から最新鋭の武装を輸入することが決定した。公国は我が国にだけ特別に格安の値段で武器を販売してくれるそうだ。これで我が国の戦力も増大。お前のような者に頼らずとも戦争ができる」
「私に頼らず……」
メアリの役割は、その膨大な魔力で補助魔法を操り、軍全体の能力を上げること。
そうすることで、ロービスの指揮するシュヴァルツェ王国軍は無敗の強さを誇って来たのだ。
「そもそもお前はロクに家事もせず、屋敷のことは使用人たち任せではないか。俺が将軍の執務で忙しい毎日を送っている間も、お前は部屋に籠りきりで自堕落な生活を送っていると聞いている。お前のような怠け者は必要ないのだ」
それは、とメアリは胸の内でだけ反論する。
本来、補助魔法をかけられる相手は多くて二人が限界。それを軍全体に使用しているのだから身体には大きな負荷がかかる。そのせいで、軍の戦闘が終わった後はしばらく動けなくなってしまうのだ。
最近はロービスの戦争好きも災いして大規模な戦闘が続き、その度に強大な補助魔法を使わされている。今のメアリは、ロービスの前で立っているのもやっとな状態だった。
「お前と婚約を破棄することは国王陛下の承諾も得ている。ドリッシュ家の救済も兼ねた婚約だったが―――所詮ドリッシュ家もお前のような怠け者の集まりなのだろう? 没落して当然だ」
「では、私は……?」
「今すぐ屋敷から出ていけ。お前の荷物をまとめておくよう、使用人たちにも言ってある。二度と王宮に足を踏み入れることも許さん。お前はこの王宮から永久に追放だ。これも国王陛下の承諾を得ている」
「……はい、分かりました」
メアリは覚束ない足取りで執務室から出ようとした。
そのとき、執務室の扉が向こう側から開かれた。
姿を見せたのは、美しいドレスを着た金髪で碧眼の少女だった。
「ロービス様、お待たせしました……あら、どなたですの、この醜い女は」
少女はメアリを見て、眉を潜めた。
「おお、よく来てくれたなアレサンドラ」
ロービスはメアリに一度も見せたことのないような笑顔で少女を迎え入れると、駆け寄ってきた少女の腰に手を回し、言った。
「そうだ、最後に紹介しておこう。彼女はアレサンドラ・ルーシュ。ブラックレイ公国の大公閣下の姪に当たる方だ。私の新たな婚約者でもある」
「婚約者、ですか……」
「お前とは二度と会うことはないだろう。せいぜい生きながらえるんだな、怠け者の醜女め」
メアリは何も言わず、ロービスとアレサンドラに背を向け、執務室を後にした。
※
メアリが生まれたドリッシュ家は代々、魔法を司る神官を務めてきた家系だった。
しかし、度重なる王宮内での権力闘争に敗れたドリッシュ家は没落寸前まで追い込まれていた。
そんなとき、メアリが生まれた。
メアリが成長するにつれ、彼女が持つ膨大な魔力と優れた魔法の才能が明らかになった。
歴史ある神官の家系が没落していくのは忍びないと、国王は若くして将軍の座についたロービスに、メアリと婚約するよう打診した。
国王の打診通りロービスはメアリと婚約し、そしてメアリは婚約を受けたその日から、支援魔法で軍隊をサポートする役割を担わされた。
軍備増強のための婚約―――メアリは、ロービスから受けた婚約に愛情などひとかけらも含まれていなかったのだということを思い知らされた。
現に、ことあるごとにロービスはメアリに言い続けていた。お前に魔法の才能がなければ、お前のような醜い娘とは婚約しなかったと。
その一方でロービスはメアリの補助魔法を酷使し続けた。それがメアリにとってどれほどの負担かを彼は知らなかった―――もっとも、知っていたとしても彼の彼女に対する扱いは変わらなかっただろう。
メアリとロービスの婚約でドリッシュ家は没落を免れたかに思われたが、婚約から少しも経たないうちにドリッシュの両親は急死。親戚たちも他の貴族の家系に吸収されるような形で離散してしまった。
つまり、ロービスとの婚約が破棄された今、メアリは帰るべき家などなかったのだ。
重たい鞄を抱えたまま、メアリは国境の周辺を当てもなく歩いていた。
照りつける太陽がメアリの体力を奪っていく。
質素なドレスの袖で額を拭いながら、それでもメアリは足を止めなかった。
止まった瞬間、二度と歩き出せないような気がしたからだ。
だが、もう限界だった。
そもそも、数日前に戦場で使った補助魔法の反動で立つのが精いっぱいな状態だったのだ。
全身から力が抜け、ついにメアリはその場に座り込んだ。
辺り一面、建物が何もない草原だった。
座ってしまうと、突然の出来事の連続で今まで忘れていた疲労が一度に襲ってきた。
もはやメアリに再び立ち上がるだけの力は残っていなかった。
メアリはゆっくり目を瞑った。
自分に婚約破棄を言い渡した時のロービスの表情や、アレサンドラからすれ違いざまに向けられた蔑むような顔が脳裏に浮かんだ。
鞄に体を預けるようにして、メアリはついに動けなくなった。
このまま眠って、そして死ぬのならば悪くない―――メアリはそんなことを考えた。
不意に、遠くからこちらに近づいてくる音が聞こえた。
馬の足音だ。
男性の声がする。
「……こんなところでどうされたのですか、お嬢さん」
その言葉が聞こえたのを最後に、メアリの意識は途絶えた。
※
目を覚ますと、メアリはふかふかのベッドの上に居た。
「……?」
身体を起こし、周囲を見渡す。
どうやら寝かされていたのはゲストルームのようで、室内には高級感ある机や椅子が置かれ、広い窓からは爽やかな風が吹き込んでいた。
いつの間にか清潔な寝間着に着がえさせられていて、あれだけ重たかった身体も幾分か軽くなっていた。
と、そのとき、部屋のドアが開き、世話係らしい老婆が部屋に入って来た。
老婆はメアリが起きていることに気付くと、人の良さそうな笑みを浮かべてベッドへ歩み寄って来た。
「お目覚めですか、お嬢様」
「は、はい……。ええと、ここはどこなんですか?」
「ノッドカーヌ国王、ピンファ・ノッドカーヌ様の王宮でございます」
「ノッドカーヌ王国……」
聞き覚えがあった。
シュヴァルツェ王国の隣国で、豊富な資源の貿易によって独立を守っている小国の名だ。
「失礼ながら、お召し物はわたくしが替えさせていただきました。着てあったお召し物とお荷物はそちらに」
老婆が部屋の隅へ顔を向ける。
そこには確かにメアリの荷物と、畳まれた質素なドレスが置かれていた。
「あ、ありがとう、ございます……」
メアリが言うと、老婆は目尻の皺を深くして笑顔を浮かべた。
「とんでもございません。ゆっくりお休みください」
「―――目を覚まされたのか!? ご無事か!?」
老婆の言葉を遮るように部屋へ飛び込んで来たのは、浅黒い肌の快活そうな男性だった。
「ピンファ様! 女性のお部屋ですよ!」
老婆にきつく言われ、男性はバツが悪そうに頭を掻いた。
「す、すまん。しかし目が覚めたようで安心した。ではまた!」
そう言って部屋を出ようとする男性を、メアリは思わず呼び止めていた。
「お待ちください! あなたが私を助けて下さった、ピンファ様ですか?」
「あ――ああ、ええ、そうです。私がピンファ・ノッドカーヌ。あなたは……失礼を承知で申し上げるが、シュヴァルツェ王国将軍の婚約者、メアリ様ではありませんか?」
いきなり名前を呼ばれ、メアリは動揺した。
「そ、そうですが、なぜご存じなのですか?」
「隣国の国王としてシュヴァルツェ王国は何度も訪れているのです。そのときに、遠目からではありますが貴方様をお見かけしたことがありましてね。……将軍の婚約者ともあろう方が、どうしてあのような辺境でお倒れになっていたのです?」
メアリは答えるのを少しだけ躊躇った。しかし、ピンファの裏表のなさそうな顔を見て、すべてを語る決意をした。
「私はもう、将軍の婚約者ではないのです」
メアリはロービスとの一部始終を全て話した。
計算ずくの婚約だったこと。
醜いと言われ続けてきたこと。
用無しとなり婚約を破棄されたこと。
両親が亡くなり、ドリッシュ家も潰えたこと。
そして、ロービスには新たな婚約者がいること。
話を終えたメアリが顔を上げると、ピンファの目尻に光るものが見えた。
「あなたの身にそんな悲惨なことがあったのですか」
「え……ええ」
ピンファは乱暴な手つきで目元を拭い、言った。
「であればせめて、私の屋敷で心ゆくまでゆっくりとお過ごしください」
「い、いえ。そういうわけには……」
「何をおっしゃいます。あなたのような綺麗な方をろくに看病もせず送り返したとなればノッドカーヌ家の恥。どうしてもと言われるのなら、体力が回復されるまでは」
綺麗な方、という言葉にメアリは顔が熱くなるのを感じた。
そんなことを言われたのは人生で初めてだったからだ。
「は……はい。では、お言葉に甘えさせていただきます、ピンファ様」
※
それから数週間が経った。
メアリの体調は回復し、やせ細り蒼白だった頬にもいくらか赤みが戻っていた。
ある良く晴れた朝、ピンファがメアリの部屋にやって来た。
「メアリさん。良かったら私と外を歩きませんか?」
窓辺の椅子で読み物をしていたメアリは本から顔を上げ、ピンファを見た。
「私が……ピンファ様と?」
「あ、いや、もちろんメアリさんの具合が良ければです。無理にとは言いませんから!」
メアリの反応に、ピンファは誤魔化すように手を振った。
純粋な少年のようなその様子を目にしたメアリは、思わず声を漏らして笑っていた。
「……素直なお方ですのね、ピンファ様は」
「え?」
こうして笑うのはいつぶりだろうと思いつつ、メアリは本を椅子の上に置き立ち上がった。
「ぜひお散歩にご一緒させてください。私も外へ出てみたいと思っていたところだったのです」
「ほ、本当ですか! では、不肖ながらこのピンファがエスコートさせていただきましょう!」
そう言ってピンファは手を差し出した。
メアリは彼に歩み寄り、その手をとった。
「光栄です、ピンファ国王」
「そんな……こちらこそ光栄です、あのメアリ様と一緒に歩けるなんて」
王宮の廊下を抜け、広い庭へ。
そこでは色とりどりの花々が柔らかい日差しに照らされていた。
二人は、一番風通しがよく、そして温かい場所に並んで腰かけた。
何匹もの美しい蝶が花々の合間を飛び交うのを眺めながら、ピンファは呟いた。
「こうしてあなたと二人で時を過ごすことを夢見ていたんです」
「……え?」
メアリはピンファの顔を見上げた。
「シュヴァルツェ王国の王宮であなたをお見かけしたとき、あなたの美しい瞳と髪の色に見惚れてしまったのです。それからずっとあなたのことを想っていました。将軍の婚約者と知っていながら―――私は悪い人間です」
「いえ、そんなことはありません!」メアリは強く首を振った。「あなたは私を助けてくださったではないですか。私を優しく迎え入れてくださったし、いつも私のことを想いやってくださっていた。そんなあなたが悪い人間であるはずがありません!」
「メアリさん……」
「悪い人間というのなら私も同じです。あなたの優しさに甘えていつまでもノッドカーヌ王国から出て行こうとしない。ピンファ様のために何かをしているというわけでもないのに」
「それは違います、メアリさん。屋敷に居て欲しいとお願いしたのは私です。あなたが傍にいてくれることで私がどれだけ勇気づけられたことか。メアリさん、改めてお願いしたい。どうかいつまでも、私の傍にいてくれませんか。……この、ピンファ・ノッドカーヌの妃として」
ピンファはメアリの両手を握り、彼女の瞳を見つめた。
まっすぐなピンファの目を見つめ返し、メアリは小さく頷いた。
そのときだった。
軍服を着た初老の男性が、慌てた様子で庭に駆け込んできた。
「国王陛下! 大変でございます!」
「何事か、国防大臣!」
颯爽と立ち上がるピンファに、国防大臣が告げる。
「シュヴァルツェ王国が我が国へ侵攻してまいりました!」
※
ノッドカーヌ王国の高台に上ると、国境付近に布陣するシュヴァルツェ王国の軍隊が見えた。
このまま進軍されれば、ノッドカーヌ王国の首都は陥落してしまうだろう。
「国防大臣、シュヴァルツェ王国とは不戦協定を結んでいたはずだが」
ピンファの問いに国防大臣が答える。
「つい先ほど、一方的に協定を破棄する旨の通達が届いたのです。ノッドカーヌ王国による資源の独占を許すわけにはいかないと……」
「シュヴァルツェ王国へは、古くからの同盟国として優先的に資源を供給してきたはずだ。伝令を出してくれ。話し合いの場を設けたいと伝えたい」
「はっ、仰せの通りに……」
「待ってください!」
メアリが声を上げる。
「どうしたのです、メアリさん」
「伝令は無駄です。私は何度も見てきたのです、和平交渉をするために遣わされた伝令が無残に殺されるのを。ロービス将軍は相手を蹂躙するまでは、決して戦争をやめません」
「しかし―――我々の軍隊は貧弱です。シュヴァルツェ王国と戦闘になればどんな被害が出るか」
「こ、国王! ご覧ください!」
国防大臣が敵軍を指さす。
それはちょうど、シュヴァルツェ王国の弓兵たちが武器を構え、雨のような矢を放った瞬間だった。
「いかん! 大臣、直ちに民衆を首都から避難させろ! それから兵を集め、迎撃の準備を整えるんだ!」
「承知いたしました!」
国防大臣が王宮へと駆けていく。
シュヴァルツェ王国が挨拶代わりに放った矢は国境を越え、ノッドカーヌ王国の領土に突き刺さった。
これはロービスが侵略の前に好んで行う、虐殺の合図のようなものだった。
「せめて民衆が避難するまでの時間を稼がなければ……!」
苦々しく呟くピンファに、メアリは言う。
「ピンファ様、私にもお手伝いさせてください」
「何を仰るのです。メアリさんも避難を。屈強な兵を数名お供させましょう。こんなことになってしまって本当に申し訳ないが、どうかご無事で」
「いいえ、王宮を追放された私を助けて下さったご恩を返さなければなりません」
「しかし―――それはあなたが補助魔法をお使いになるということではありませんか? ……メアリさん。私も魔術について多少の知識は持っています。あなたの身体に負担をかけるようなことはしたくないし、何よりあなたを戦場という危険な場所へ連れて行くわけにはいかない。さあ、避難を」
ピンファはメアリの肩に手を載せ、この場から離れるよう促した。
しかしメアリは首を振り、ピンファの顔を見上げた。
「ピンファ様は私に、心ゆくまでここに居て良いと仰ってくださいました」
「それはそうですが……今は状況が違います」
「だとしたら―――妃を置いて先立つおつもりですか、ピンファ様」
「妃?」
「先ほど婚約をしてくださったばかりではありませんか。私も夫となる方を最期までお守りしたいのです」
ピンファとメアリは少しの間見つめ合っていた。
やがてピンファは根負けしたように苦笑した。
「私の負けです、メアリさん。ではあなたの夫として申し上げましょう。……最期まで私と共に来てくれますか、メアリさん」
「もちろんです、ピンファ様」
「もう一度この王宮に戻ってこられたときは、盛大な結婚式を挙げましょう」
「ええ!」
二人は手を取り合い、戦場へと駆けた。
※
シュヴァルツェ王国のロービス将軍は、国土防衛のために現れたノッドカーヌ王国の軍隊を見て、勝利を確信した。
彼我の戦力差は圧倒的にシュヴァルツェ王国が優勢だった。
加えて、ノッドカーヌ王国の軍隊が旧式の弓矢や槍で武装しているのに対し、こちらはブラックレイ公国から供給された最新鋭の銃が配備されているのだ。
負けるわけがなかった。
「新型装備の練習相手くらいにはなってくれないと困るな……」
口元に薄い笑みを浮かべながら、ロービスは呟いた。
ノッドカーヌ王国は木材や貴重な金属類のみならず、穀物の生産量や燃料類の埋蔵量も豊富な資源大国であった。
そして、それら資源の売買によって貿易ルートを巧みに構築し、独立を守っている貿易立国でもあった。
ノッドカーヌ王国を征服できればそれらの資源や貿易ルートもシュヴァルツェ王国のものになる。なぜ侵攻しないのかと、ロービスは常々不満に思っていたのだ。
その不満を解消するときが来た。ロービスは布陣の最奥に位置する本陣から全軍に指示を出した。
「全軍、配置につけ」
百戦錬磨のシュヴァルツェ王国軍が統率の取れた歩みで進軍を開始した。
迎え撃つのはノッドカーヌ王国の、貧弱な武装をした僅かな兵士たち。
最新の無線機で、兵士の配置が完了したという報告が入った。
ロービスは、幼いころに新しいおもちゃを買ってもらったときの気持ちを思い出しながら、言った。
「攻撃開始」
一直線に並んだシュヴァルツェ王国軍の隊列の最前線で、兵士たちが一斉に銃撃を開始した。
これでノッドカーヌ王国の軍隊は壊滅。何と楽な勝利だろうか―――ロービスが得意になった瞬間、信じられない報告が入った。
『ロービス将軍、奴ら、銃が効きません!』
「……何をバカなことを言っている。銃撃をやめるな。奴らを一網打尽にしろ」
ロービスは本陣から双眼鏡で戦場の前線を確認した。
銃撃は止まない。
しかし、ノッドカーヌ王国の兵士たちが倒れている様子も確認できない。
「何だ……?」
ロービスが疑問に思ったとき、ノッドカーヌ王国軍に動きがあった。
最前列の槍兵が突撃をかけてきたのだ。
「わざわざ死にに来たのか? ふん、迎え撃て!」
再び銃撃が始まる。
しかし、槍兵の突撃は止まらなかった。
そして彼らの着た簡易的な鎧は銃を弾いているように見えた。
「なぜ止まらないんだ!」
ロービスが不満げに怒鳴るのと同時に、槍兵がシュヴァルツェ王国軍の前線に到達した。
―――――直後、槍兵たちから放たれた衝撃波がシュヴァルツェ王国軍の隊列を爆発四散させた。
「……は?」
思わずロービスは間抜けな声を漏らしていた。
が、将軍として動揺するわけにはいかない。
「馬を用意しろ! 将軍である私が直々に前線へ赴き、隊列を立て直してみせよう!」
「はっ!」
周囲の従者たちはすぐに、ロービスの愛馬を用意した。
ロービスは颯爽と馬にまたがると、近衛兵らと共に前線へ向かった。
ノッドカーヌ王国は槍兵に続き、歩兵が進軍してきたところだった。
歩兵の剣の一振りは、シュヴァルツェ王国軍の兵士を数十名、一度に薙ぎ払っていた。
なんだこれは、とロービスは自分の目を疑った。
これではまるでおとぎ話の世界だ――――と。
しかし一方で、ある少女の顔が脳裏に浮かんでいた。
それは髪も瞳も黒い、醜い娘―――。
いや、あんな娘の補助魔法より、人を効率よく殺すために作られた最新鋭の兵器の方が優れているに決まっている。
ロービスは首を横に振り、脳裏に浮かんだ少女の姿を払った。
「皆の者! 敵は少数だ! 隊列を立て直すのだ!」
しかし、ロービスの声は動揺する兵士たちの悲鳴にかき消されてしまった。
シュヴァルツェ王国軍の混乱はさらに広がって行き、ついには逃亡する兵さえ現れた。
「逃げるな! 戦え! 何のために貴様らに武器を与えていると思って――」
そのとき、ロービスは見た。
ノッドカーヌ王国軍の中心に立つ、一人の少女を。
「メアリ、貴様―――裏切ったなあああああ!」
彼女を追放したのは自分だということを忘れ、ロービスは叫んだ。
直後、ロービスは逃亡する兵士たちの波に飲み込まれ馬上から転がり落ち、そして全身を踏み抜かれ圧死した。
※
敗走していくシュヴァルツェ王国軍の兵士たちを見ながら、ピンファは剣を鞘に納め、傍らに立つメアリに問いかけた。
「魔法の反動は大丈夫ですか、メアリさん」
「ええ。シュヴァルツェ王国軍全体に補助魔法をかけるのに比べればこのくらい、平気です」
額に汗を浮かべながら、メアリは微笑んだ。
そこへ、国防大臣が馬で駆け込んできた。
「国王陛下、新たな情報が入ってまいりました!」
「どうした!?」
「シュヴァルツェ王国の首都が陥落したとのことです!」
「何? どういうことだ?」
「はっ、ブラックレイ公国がシュヴァルツェ王国に侵攻し、首都の制圧に成功したと……。公国からノッドカーヌ王国へ文が届いております」
「読み上げてくれ」
「親愛なるピンファ国王、ノッドカーヌ王国の危機を知り、我が盟友国の平和を脅かす憎き相手を成敗した。我が国の武器が貴国に向けられたことを深くお詫びする。これからも貴国とは友好な関係を続けていきたい。……以上です」
国防大臣が読み上げる文書を聞き、メアリは気が付いた。
ブラックレイ公国は最初からシュヴァルツェ王国に攻め入るつもりだったのだ。だからこそ武器を供給し、さらに内通者としてロービスにアレサンドラという女性を送り込んだ―――。
メアリがピンファの方を見ると、ピンファは柔らかな微笑を浮かべ、言った。
「どんな謀略があったのかは、今は考えないでおきましょう。それよりも、この戦いで多くの人々が傷ついた。そして大地も荒れてしまった。シュヴァルツェ王国の敗北で国家間の情勢も変わるでしょう。私は国王として多くの課題に取り組まなければならない。……メアリさん、これからも私を支えてくださいますか」
メアリは深く頷き、答えた。
「……はい、ピンファ様」
この戦の後、ピンファはノッドカーヌ王国の国王として、国内外の混乱を収束させることに尽力した。いくつかの戦争を未然に防ぎ、そして永遠に続くと思われていた紛争を終わらせた。その傍らには常にメアリの存在があり、彼女はピンファを支え続けた。
しばらくして、メアリとピンファは約束通り盛大な結婚式を挙げた。
誰もに歓迎されたその結婚式は、ノッドカーヌ王国の平和の象徴として、いつまでも語り継がれたのだった。
読んでいただきありがとうございます!
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さらに! 加筆・修正等でさらにグレードアップした連載版を公開しました!!
【連載】『お前のように怠け者で醜い女は必要ない』と婚約破棄されたので、これからは辺境の王子様をお支えすることにいたします。~いまさら私の補助魔法が必要と言われてももう遅いです~
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