赤信号
狭い道、広い道。
明るい道、暗い道。
昼の道、夜の道。
色々な道はありますが。
その道は、本当に安全ですか?
高校生活最後の文化祭が終わった。
後片付けをして、クラスのみんなで打ち上げをして。仲のいい友達とカラオケをしていたら、夜になっていた。
「詩織もおっちょこちょいね! スマホを教室に置き忘れるなんてさー」
「うっさいわね。ほら、黙って歩く」
時刻は夜の9時。秋にもなれば夜は肌寒くなる。
私たちは裏門から学校の中に入り込み、守衛の目を逃れながら、何とか教室までたどり着いた。
廊下側の窓の一つに近づくと、窓をガタガタと揺らす。何度か揺らすと鍵が緩み、カチャリ、と鍵の開く音が聞こえた。
「まるで泥棒ね!」
「自分のスマホを取りに来る怪盗? 泣けてくるわね」
私たちは特に何事も無くスマホを手に入れると、無事に学校から抜け出した。
その、後の事。
文化祭の事を話したり、クリスマスや受験などの未来の事を話しながら家に帰っていた。
「そう言えば、『赤信号、みんなで渡れば怖くない』ってことわざ、知ってる?」
話題が尽きたのか。彼女は今までと変わらぬ口調で、奇妙な事を言い出した。
「それ、ことわざだった?」
「ことわざじゃなかったっけ?」
「信号無視をする小学生の言い訳でしょう」
学生に良くある、中身のない馬鹿話。それで次の話題に移ろうかと思っていると。
「じゃあさ。『赤信号』って都市伝説は知ってる?」
声のトーンをわざと落とした声に、ため息をつく。
彼女は怪談話が好きなタイプだったのか。
「知らないよ。聞いたことも無い」
家までは20分は歩く事になる。それまでの暇つぶしにでもなればいい。
そう思った。
「どんな都市伝説なの?」
「ふふー。詩織ったら、怪談話が好きだったんだー?」
「そうでもないわ。家に帰るまでの暇つぶしよ」
「ふーん。帰るまでの暇つぶしかー」
何か面白がるような言い方は気になったが、軽く流すことにする。
「それで、何なの? その、『赤信号』って」
「あー、それね。この都市伝説は不思議なお話でねー。ぶっちゃけると、聞いただけじゃ問題ないけど、条件をクリアしなかったらヤバイ系の都市伝説ってやつなのさー」
「聞いただけでアウトなら、私はその話を聞かせたあなたをぶん殴ってたわね」
「うわーぉ、かげき~」
それで、続きは?と促すと彼女はニヤニヤ笑って話し始めた。
ある町に、小学生の仲良し4人組がいました。
4人はいつも一緒に遊んでいました。
ある日の事、遊びに夢中になっていると日がすっかり暮れて夜になってしまいました。
いつもは夕方には家に帰っていましたので、夜に4人が揃っているのは初めてでしたし、花火大会と大晦日以外で夜の町を見るのは初めてでした。
子供だけで夜の町にいるという、不思議な高揚感がありましたが、誰かの声でワクワクした気分は吹き飛んでしまいました。
親に怒られる。
子供にとってそれは、絶対に起きて欲しくない嫌な出来事でしたので、みんな一目散に走り出しました。
走って走って、点滅する青信号を見てはまた走って。
帰る方向が違うので、途中で二組になって分かれて、また走って。
そうして、もう少しで一緒に帰ってきたこともさよならする頃、二人は慌てて足を止めました。
赤信号でした。
でも二人は赤信号位いつも無視しています。
思わず足を止めてしまった理由が、ありました。
朝学校に行く時に出会い、家に帰る時は分かれる十字路に。
今日の朝までは存在しなかった、信号がありました。
十字路の中央に立っている歩行者用信号は道路の4方向それぞれに向いた信号灯が付いていて、不思議な事に全部赤信号でした。
得体の知れない信号機は赤い光で道路を照らしていて、まるでお化けが出る前振りの様に見えました。
子供たちは異様な光景に思わず足を止めてしまいました。
けれど、子供は無鉄砲。
誰かが走り出せば、つい走り出してしまう。
そうして4人の子供たちは不気味に光る赤信号を無視して、それぞれの帰路に走っていきました。
「不気味な信号はあったけど、オチがついてないわね」
「まだ、オチは喋っていないから当然だよ~」
どこか楽しげに話す彼女に、続きを促す。
彼女は含み笑いを浮かべながら、試すような声音で。
「誰が最初に走り出したんだろうね」
と言った。
「ホラーの定番なら、お化けとかそう言うの?」
「うん、そうかもしれないね~」
「まさか、人の数だけ答えがあるとかそういうオチ?」
「そうでもないんだよね~」
「ホラーなのか謎解きなのか分からなくなってきた」
素直な感想を述べると、彼女はクスリと笑う。
「誰が最初に走り出したのかはどうでも良くって。赤信号を前にしてどうするのかが大事なんだよ」
「それってつまり」
立ち止まってはいけないのか。
赤信号を無視してはいけないのか。
幾つかのケースを思い浮かべたが、言葉にすることは無かった。
十字路の赤信号が。
「ねぇ」
私の前方に合った。
「貴方は、どちらを選ぶ?」
ふと。私は。
『彼女』の名前を知らない事に気づいた。
その後、私がどう行動したのか、はっきりとしていない。
一人で十字路を走り抜けたのかもしれない。
赤信号を前に立ちすくんだのかもしれない。
あるいは、『彼女』の手を取って走り出したのかもしれない。
気づいたら私は自分の家の前に立っていた。
息を切らして、肌寒さのある風が心地よく感じるほど熱の籠った体は、加減を考えずに走り続けてきたからだと思われる。
しかし、汗は冷たかった。
生きている証拠として熱を発する体に、冷たい汗が頬を伝う。
もう今すぐ家に入りたい。
部屋の中に閉じ籠りたい。
私は家の鍵を開けてドアを開ける。
見飽きた玄関が、今は聖域の入り口に見えた。
私はその聖域へと逃げ込んだ。
逃げ込んだ勢いのまま腕を動かすと、乱暴で大きな音を立ててドアが閉まった。
冷たい玄関タイルに四つ這いになり、息を整える。
助かった。
今、私の頭の中にあるのはそれだけだ。
リビングの方から母親の声がした。
日常に帰って来た。
私は体を起こし、靴を脱いでリビングへ
「今度は、ちゃんとした選択肢を選んでよね~」
耳元で、『彼女』の声がした。