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ブーケのようなご褒美を  作者: 津々井サクラ
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邪魔?

 そこからは不もなく可もなくな一週間だった。ポプリの完成にはまだ二週間あるからと、キヨさんが置いていってくれた練習用の布でお店の合間時間を見つけてサシェもどきを作り続けた。ようやく一週間経ってなんとか人に見せられるレベルまでくることができた。

 合間で作っていたから、紫苑さん日葵ちゃんにも作っていることがバレて、欲しい!と言われてしまった。人にあげられるようなクオリティのものが出来るかは不安でしかないがいいかと尋ねると、構わないと言うことだったのでポプリが完成したらあげる約束をした。

 それと、ちゃんと1番最初に作ったサシェは柳じいさんのために取ってある。柳じいさんが言うには、あの雨の時に娘さんと奥さんの夢をよく見たんだそう。だからこそ、私のサシェを見て泣き出してしまった、と後日言いにきた。

 今日も合間でチクチクとサシェを作っていたらお店の外に人影が見えた。手に持っていたものたちを置いてそっと扉を開けるとそこに立っていたのは一星さんだった。

「おわっ!いきなり開いてビビったわぁ」

 一星さんは外に置いてあるイベリスを眺めていたみたいだった。

「また来てくださったんですね」

 私が隣に並ぶと一星さんはふわりと笑った。

「なんかここ落ち着くねん。都会のオアシスみたいな」

 そう言ってもらえたことが嬉しくなった。前回も似たようなこと言ってましたよ、と伝えると、え、ホンマに?と驚いていた。意外と一星さんは抜けている人なのかもしれない。

「あとあれや、なんやったっけ。ポップみたいな名前のやつ。あれそろそろできひんかなぁって」

「ポプリのことですか?それなら来週くらいですよ」

「あれ、まだやった?」

 曜日感覚狂ってるわぁなんて呟きながら一星さんはお店の中に入っていった。隣に並んで思う。かなりの身長差。一星さんの優しい笑顔がなければきっと私は隣にも並ばないし、心が恐怖で覆われるだろう。

「あ、せや。これ、長谷川さんから」

 そう言ってズイッと差し出された紙袋の中には、きっとお高いスイーツが入っていた。

「え?」

「この間のお礼やって。俺もホンマに助かったし受け取ってや」

「いいんですか?」

「いいも何もすみれちゃんのために買ってんから、貰ってや」

「ありがとうございます」

 おずおずと受け取ると一星さんは嬉しそうに笑った。

 中身をちゃんと見てみるとかわいらしいマカロンだった。せっかくだから、と言うことで紅茶を入れて一星さんと食べることにした。すみれちゃんのものやからと最初は断られたが

「こんなに美味しそうなものを一人で食べるのは悲しいです。一緒におしゃべりしながらいただきましょう?」

 と言うと折れてくれた。

 相変わらず、私がお茶を入れている間、一星さんは何も言わない。じっと私の手元を見ているのだが、この時間がなんとも心地いい。ふわりと薫ってくるアッサムのすっきりとした香りがきっとこの甘いマカロンに合うだろう。

 アッサムを入れおわり、一星さんにお出しするとありがとうと受け取ってくれる。マカロンは全部で五個入っており、一星さんの「すみれちゃんが好きなものを選んで、多く食べや」という言葉に甘えていちごのマカロンを手に取った。

「せや、この間な」

 と一星さんが携帯で写真を見せてくれた。そこには色鮮やかな紫陽花が沢山並んでいた。あまりの綺麗さに思わず感嘆の声を漏らす。

「きっとすみれちゃん喜ぶと思って、ロケ中やったけど写真撮ったんよ」

 一星さんの心の中に私がいてくれたことに驚いた。けど、驚いているうちにどんどんと一星さんが紫陽花の写真を見せてくれる。

「一星さん、紫陽花の花言葉ご存知ですか?」

「いや、知らん。調べようかなとも思ったんやけど、すみれちゃんに聞こうと思っていた調べんかった」

 私はちょっと一星さんにいたずらしてくなって小声で

「『移り気』『浮気』ですよ。浮気でもしてるんですか?」

と訝しげに聞けば

「え!ちゃうよ!してへん!というか彼女も奥さんもおらん!!」

と冗談だったのにこの慌て様。なんだか面白くなってしまってくすくすと笑っていれば「え?揶揄った?」と不貞腐れた顔をしている。

「いえ、花言葉は本当ですよ」

 そう言って私はカウンターの中にある図鑑を取り出して紫陽花の項目を開いて一星さんに見せた。なんやねんもぉと言いながらテーブルに突っ伏してしまった一星さんが可愛らしくてもう少し揶揄いたくなった。

「さっきの慌て様…彼女も奥さんもいない…ということにしてるんですか?」

「ちゃうて!ホンマにおらん!!」

 ガバッと起き上がって私を見てまた揶揄われたということを察したらしく、もぉ〜と言った。私は堪えられなくて声を上げて笑ってしまった。

「一星さんって結構かわいらしいところあるんですね」

「やめてぇや」

 指の合間からチロリと睨まれる。が、全然怖くない。

 その後はちょこちょこ一星さんを揶揄いながらいろいろな話をした。メンバーさんの話、長谷川さんの話、ロケの話。一星さんの話はなんだか紫苑さんの話みたいで面白かった。

「おや、お邪魔かい?」

 話で盛り上がっていると扉のところに立っていたのはまさしく今考えていた紫苑さんだった。

「紫苑さん!」

 と一星さんを見ると少し俯いて帽子を深く被り直していた。そうか、なんだか感覚が麻痺していたが一星さんは今をときめくアイドルなのだ。でも、紫苑さんなら大丈夫。

「一星さん、大丈夫です。この方…」

と説明しようとした時に紫苑さんが

「あれ、この間バラエティで見た顔だ」

と口に出した。一星さんはどうもと会釈をした。

「はじめまして、君のメンバーを一人お世話したことがあるよ」

と紫苑さんが口に出すと一星さんがまた顔をガバッと上げた。

「え?え?え?」

一星さんの頭にはハテナがいっぱい浮かんでいた。

「紫苑さん、揶揄ってます?」

「ありゃ、すみれちゃんにバレちゃった」

 子供がいたずらがバレた時みたいな顔をするんだから。 

 紫苑さんは一星さんと席を一つ開けて座った。カフェオレ?と聞くと今日は紅茶の気分、と言われるのでアイスティーを用意しはじめた。その間に紫苑さんが一星さんにネタバラシをしたらしく、お世話になってますと頭を下げていた。

 紫苑さんにアイスティーを出す頃になって、一星さんはこの後ラジオの収録があるらしく、また来るわと言いながら帰っていった。

「邪魔した?」

 紫苑さんはお店に入ってきた時と同じ言葉を繰り返した。

「まさか!紫苑さんも一星さんもたいせつなお客様ですもん。邪魔なんてことないですよ」

 と私が笑いながら言うと紫苑さんは口に笑いを浮かべて違うよ、と言った。私には何のことかわからず首をかしげる。

「本当はもっと二人で話したかったんじゃないかと思って」

 つまり紫苑さんは私が一星さんを好きだと勘違いしているのだとすぐに分かった。

「まさか!そんなつもりはないですよ」

「前から思っていたが、すみれちゃんは恋愛を避けるよね。なんで?」

 ギクリとした。紫苑さんの眼はもうすでに確信を得ていて、訪ねているのではなくて自分の中の確信を事実かどうか確かめようとしている。

 逃げられない。直感でそう思った。

「深い理由はないですよ。ただ、恋愛にいいイメージがないだけです」

 私は一星さんが持ってきてくれたマカロンを口に放り込んだ。ちょっと大きすぎた。自分用に入れたアッサムで流し込む。勿体ないことをしたかもしれない。でも、アッサムのあっさりした香りでも甘いマカロンの口に残る甘さは消えてくれなかった。

 私はその甘さを感じながら幼い時の母親の温かさを思い出した。震えながら父親から守ってくれた母親。父親に謝り倒す母親。先輩に怒鳴り散らす知らない女の人。先輩の不必要に腰に回って来る手。あれが恋愛だというのであれば私は恋愛なんてしなくていい。

「すみれちゃんが恋愛のいい面を見てこなかったのは知ってる」

 紫苑さんは私を真っ直ぐに見つめながら、でもと言葉を続ける。

「そろそろご褒美を貰っても良いと思う。世の中にはあんな恋愛をするような奴らばかりじゃない。すみれちゃんはそれを知ってて諦めてるだろ?私には無理だって。無理じゃない。大丈夫。私が保証する」

 そこからはイマイチ覚えていない。でも紫苑さんに背中をたくさん撫でて貰った記憶がある。だからたくさん泣いたのだろう。背中を撫でる紫苑さんの手はおばあちゃんを思い出した。


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